Aries.

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2010.01.30 Sat 薄桜鬼 『赤の誓い』

※これは乙女ゲーム 『薄桜鬼』 の二次創作です。



   ◆ ◇ ◆



師走も近づく秋の夕暮れ。
手を伸ばし開けた障子のすき間から舞い込んできたのは1片の紅葉。
その朱を傍らに運んできた風は冷たいものだったが熱に浮かされたこの身体には心地良くもある。
障子の先にあるのは、数ヶ月前まであの子と一緒に何度も歩いた庭だが、最近では体調がすぐれず、畳六畳の自室に篭りがちだった。
(千鶴ちゃん、遅いなぁ・・・)
買い物に行ってくると出かけたままなかなか帰ってこない妻が心配になり、のそのそと寝所から這い出すと、ふと目に止まった夕焼けの赤。
「へぇ、綺麗だ」
そんな平凡な感想をつぶやきながら、ぼんやりと空を眺めてみる。
どれくらいそうしていたのか。



「総司さんっ」
呼ばれて振り返ると、ひどくあわてた様子の妻が駆け寄ってくる。
「どうしたの?そんなに慌てちゃってさ。それより、千鶴ちゃんが遅いから心配し――っ。」
言いかけた言葉はふわりと頭からかけられた何かに遮られる。
それはつい先ほどまで妻が身につけていたもの、彼女が好んで焚く撫子の甘い香りが優しく鼻腔をくすぐった。
「どうした、じゃあないです!こんなに寒いのにそんな薄着でっ。身体だってこんなに冷たくなってるじゃないですか!」
顔を真っ赤にして怒る彼女に反して、僕の口元には笑みが浮かぶ。
昔からそう。君が側にいるとついかまいたくなっちゃうんだよね。
「じゃぁ、君が温めてくれたらいいんじゃないのかな?」
さっきまでふくれっつらだった彼女の顔はみるみるうちに恥ずかしそうに紅色に染まり、夕焼けの赤がそれをいっそう紅く染めた。
「もうっ、からかわないでください!総司さんはいつもそうやってはぐらかそうとするんですから。」
彼女の表情・声色は僕の一所作、一言でころころ変わっていく。それが面白くて、可愛くて。
「ホントに、君って面白い子だよね。」
「またですか、それって褒めてます?けなしてます?」
ほらね、今度は怪訝そうな顔で口をとがらせて。君といると退屈しないし、僕の漠然とした不安さえ自然と和らいでいく。
「あははは、やだなぁ、褒めてるよ。」


「――あのさ、千鶴ちゃん、
・・・僕は君が好きだよ。君と一緒になれてほんとに幸せだ。」
僕にしてみれば、ホントに思ったことを口に出しただけのつもりだったんだけど、賢い彼女は何かを悟ったようで一瞬表情がこわばるのが見えた。それでも、きゅっと唇を結んで隠すようにうつむいた。
その横顔を見つめながら、彼女が今、何を思って、何を感じているのか?その答えが手に取るようにわかっていたけど僕も何も言わなかった。



「げほつ、ごほっ、うっ・・・!」
束の間の静寂が破れる。口を覆ったはずの指の間を生ぬるい感触がつたい、着物にしみをつくった。いつものことだ、もう慣れている。
ただ・・・
ただ、そんな僕の背中を必死にさする君の、溢れそうになる言葉を押しとどめてきつく結ばれた唇に、
私なら大丈夫、心配しないでと口癖のようにいつも紡ぎながら焦りと憂いを隠せない揺れる茶色の瞳に、
気丈に涙をこらえてつくる笑顔に、かえって心がざわついた。
(君がそんなじゃ、置いていけないじゃないか・・・)

呼吸を整えた後、口元の赤黒いものを手の甲でぎゅっとぬぐう。
「ねぇ、千鶴ちゃん?」
「・・・はい?」
「きっとね、もうすぐ僕はいなくなる。」
「え・・・。」
彼女の瞳には大きな動揺が浮かんだけれど、すぐに取り繕って切り返してくる。
「急にどうしたんですか、総司さんは殺されても死にそうにない人だと思っていましたけど?」
彼女は優しすぎる。そして嘘つきだ。
ホントはきっと僕よりも、迫る「いつか」に怯えているくせにさ。
君を一人にする僕を心配させまいと必死なんだよね?


「ごめんね、でもわかるんだ、僕はきっともう長くない。」
彼女はもう何も言ってこなかった。
「千鶴ちゃん?」
彼女はずっとうつむいたままでその華奢な肩が震えている。僕は小さく一つ息をついた。
「・・・千鶴?もっとこっちにおいで。」
僕の後ろで背をさする彼女の両手を少し強引に引き寄せ胸の前で抱きしめる。背に感じる早くなった彼女の鼓動と時折聞こえてくる小さな嗚咽を聞きながら続ける。
「千鶴、君は『あか』と聞いたらどんなものを思い浮かべるのかな?」
「・・・え?」
あまりに思いもよらない質問にきょとんとする彼女。
「昔の僕はね、きっと真っ先に血の赤を連想してたと思うんだよね。
でも今は違う。この夕焼けの赤も、そこの紅葉の朱も、君の頬の紅も全部が輝いて見える。
それだけじゃない、他のものだって君といると前と違って見えるから不思議だよね。千鶴、全ー部、君がくれたんだよ?」


僕の胸の前で交差された彼女の腕に力がこもる。
「私も・・・私も総司さんといると幸せ、です。
総司さんと見られる全てを・・・、春の花々の優しい香りも、夏のにぎやかなセミの声も、秋の葉の彩りも、冬の雪の舞いも全部、ずっと一緒に見ていたいです・・・。」
顔は見えなかったけど、かすかに彼女が笑ってくれたような気がした。


君も僕もそれが叶わないことはわかってる。それでも願わずにはいられない。
不思議だよね、僕にとって死ぬことなんてホント当たり前すぎてどうでも良かったはずなのに、君といると時々どうしようもなく不安になる。
僕だってホントはずっと側で君の笑顔を見ていたい。

だけどそんな不安も、君が流してくれた涙も、僕たちが互いを守るためについてきた嘘も、この悲しみも、未だ残るわずかな後悔も、全て君と僕がここにいた証。
形のあるものだけがここにある全てじゃない。
無駄に過ぎていく時なんてどこにもない。
僕たちは限りある時を知っているからこそ豊かに生きられるんだ。過ぎてしまった過去も今この瞬間も残されたわずかな未来も全部君に焼き付けていこう。
たとえ離れる時がきてもお互いに笑って迎えられるように・・・。
またいつか再び出会える時を信じられるようにね。



秋の夕暮れ、あたりを染める赤の中、僕が君に誓う。


これは一番甘美で残酷な贈り物。君を癒す優しい箱庭、閉じ込める檻。



(END)



参考音楽 『赤い涙』
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