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2012.01.08 Sun 闇の眷族、みたいな、後編!

というわけで前回のつづき、です!
各方面の期待を裏切っているような気がしておそろしい、ガクブル((゚д゚lll));;;



ひきつづき、アキちゃんは小学生サイズでドレス着てて大変可愛らしい仕様ですのでこれに免じてお許しを。そして夜会はやっぱりただの立食パーティです。耽美さ? なにそれ?(オイ、



ではでは、追記からどーん☆









 アル・シャイターンのお兄さんが連れて来てくれたのは、ホールからじかに入れる休憩室だった。こういう個室はいくつかあって、その一つを貸し切っているという。
 休憩室のまえにはお兄さんが着ているのとおなじ、見慣れない白い服の男のひとがひとり立っていた。
 近づくと、彼は驚いたようにおおげさに手をじたばたさせたけれど、お兄さんが笑いながら知らない言葉でなにか話せば、すぐに落ち着いて、うやうやしくかたわらのドアを開けてくれる。おサルさんによく似たその顔を眺めていると、ふいに、彼がにっと歯を見せて笑った。本当におサルさんみたい。
 びっくりして、まえにいるゴウダさんの腰のあたりにあらためてしがみつく。休憩室に入りかけていたゴウダさんが、何事だろうと肩越しにこちらを見て立ち止まった。
「……どうしました?」
「ジャーニムが猿みたいで驚いたんだろう」
 休憩室に入ったところで振り向いて、お兄さんが言った。
「あれは俺の従僕。よほど腹でも減ってなければ、噛みついたりしない」
「アル・シャイターン……」
「冗談だよ」
 お兄さんは肩を竦めて笑う。おサルさんみたいな彼もきししっと笑った。
 ゴウダさんはそれをじとりと見据えてから、腰をかがめてこちらに目線を近付ける。
「こわくありません。大丈夫です……行きましょう」
「はい」
「おまえが子守りしてるように見えるのは、俺の幻覚じゃないんだよなー」
 こわいこわい、と茶化すお兄さん。だまって睨みつけるゴウダさん。
 ゴウダさんにうながされ、きょろきょろ見回しながら休憩室に入ると、奥のほうから声がする。
「――あら、お客さま?」
 壁際の寝椅子に腰かけているのは女のひとだった。優しそうな声。
 このひとも抑揚にくせがあるから、普段はきっと別の言葉で話しているのだと思う。
 ふわふわにふくらんで広がる茶金色の長い髪。ちいさな鼻と白いほっぺたにそばかすがあって、体はそんなに大きくなくて、歳が近いような気もしたけれど、微笑んでいる目元の雰囲気は大人だった。ホールにいる女のひとたちのように、きらきらする派手さはないけれど、やわらかくて、優しそうなひとだと思う。
 ゴウダさんのうしろに隠れたまま様子をうかがっていると、女のひとはにこりと笑ってから、お兄さんに視線を向けた。
「あなた、また何かやったの? ちいさな子をこわがらせたんでしょう」
「俺のせいかよ。姉ちゃん」
「この状況で、あなた以外にだれかいる?」
 ねえ、と女のひとが首をかしげるてみせるから、思わずうなずくと、頭のずっと上のほうでゴウダさんもおなじように首を縦に振っていた。
 女の人はくすくす笑って肩を揺らし、お兄さんはがっくりうなだれる。
 それでもすぐに気を取り直して、お兄さんはこっちのそばにしゃがんだ。おどろいたけれど、目線が近くなるとそれほどこわいこともない。
「あのお姉ちゃんはディナシーの総領だ。お嬢さん、姉ちゃんとおしゃべりしててくれるか?」
 俺はこいつと話がある、とゴウダさんを指差してにっと笑うお兄さん。
 ディナシーの総領だという女のひとのほうを見ると、お姉さんもにこにこ笑って、自分のとなりをぽんぽんと叩いていた。
 あそこに座っていいのだろうか? 総領といえば、天羅のおとうさんといっしょで、偉いひとだ。混血のこどもがそばに寄ったりして、怒らないだろうか?
 お兄さんに背中を軽く押されながら、困り果ててゴウダさんを見る。
 ゴウダさんはちいさくうなずいた。
「大丈夫です。ディナシーには、粗相のないように」
「はい」
「粗相なんて意味わかるのか? しかしその言い草、なんだよ、俺には粗相があってもいいのか?」
「……アル・シャイターンには、気をつけて」
「おい、どういう意味だそれ」
「ふたりとも、ちいさな子にむずかしいことを言って困らせないの」
 お姉さんは苦笑して、それからこっちに手招きしてみせる。やっぱり優しそうだ。
 お兄さんは行けと言うし、ゴウダさんも大丈夫だと言ったし、寝椅子に近付いても怒るひとはいなかった。そばに停めてある車椅子を見ながら椅子の端に腰かける。
 すると、お姉さんの白い手が自分のすぐ横をとんとんと叩いた。
「こちらにいらっしゃい。近くにきてくれると嬉しいわ」
「……、はい」
「ありがとう。恥ずかしがりなのね。わたしの名前は、さっきも聞いたでしょうけれど、ディナシーというの。――お名前を教えてくれる?」
 そばに座ると、お姉さんは膝に置いていた手に自分の手をうえからかぶせて、もう片手で頭を撫でてくれた。とても緊張する。けれど、なんだか嬉しいような気もする。
 名前を答えていいだろうか?
 部屋のなかに視線を泳がせると、ゴウダさんはお兄さんとすみのほうでなにか話をしていた。声は聞こえるけれど、聞き慣れない言葉で話しているから内容はわからない。こちらの視線には気付かないようで、待っていても、良いとも悪いとも答えてくれそうになかった。
 入り口のドアはもう閉まっていて、あのおサルさんのような男のひとの姿は見えない。
 となりではお姉さんが微笑んでいる。
 目が合うと、お姉さんはすこしだけ首をかしげた。こわいひとには見えない。
「……アキ、です」
「名前で呼んでもいいかしら?」
「はい」
「アキはお行儀がいいのね。でも、もっと楽にしてくれていいのよ? わたしとは女同士ですもの」
「でも、ゴウダさんが……あのひとも、お利口にしていなさい、って。約束……」
「あのひと?」
「――イクヤさん」
 あのひとの名前を口に出すと、それだけで気持ちが明るくなるような感じがした。
 けれど、すぐに、しまったと思う。
「生太刀(クラウ・ソラス)……?」
 聞き慣れない言葉をつぶやいて、お姉さんが驚いたような顔をした。
 視線を感じて振り向くと、アル・シャイターンのお兄さんも、じっとこちらを見ている。
 あのひとの名前は、言ってはいけなかっただろうか――心細くなってうつむきかけた時、お兄さんが顔をくしゃりとさせて笑うのが見えた。
「姉ちゃん、お嬢さんも、ところで腹がすいてないか? 料理とってくるから待ってな」
「俺も……すこし、出てきます」
 左手をひらつかせるお兄さんのとなりで、ゴウダさんもそう言って、ふたりで休憩室を出ようとする。黒いスーツの背中が向けられると、思わず腰が浮いた。
「ゴウダさん……」
「すぐに、戻りますから。ここにいてください」
 追いかけようとしたのをやんわりと止められ、仕方なく座り直す。
 外から開けられたドアが閉まると、室内にはもうお姉さんしかいない。
 おそるおそる窺い見ると、お姉さんはもうあの驚いた表情でなくて、もとどおりにやわらかく微笑んでいた。
「びっくりさせて、ごめんなさい。思いがけないひとの名前だったから――そう、アキは、今日は彼と来たのね」
「はい」
「そのドレスは? 彼が選んでくれた?」
「はい。……でも、天羅のおとうさんは、ピンクがいいって、言いました」
「天羅らしいわね。それも可愛かったかもしれないわ。でも、こどもらしすぎるかしら? こっちのほうがよく似合ってる、ちょっとだけお姉さんぽくて。彼が好きそう。――わたしのドレスはどう? 似合っている?」
「はい。きれい、です」
「ありがとう。あまり美人でないものだから、こういうところは気遅れしてしまうのだけど。アキが褒めてくれたら、すこし自信が出てきたわ」
「お姉さんは、ずっと、ここにいるんですか?」
「そういうわけにもいかなくて。総領なのだから、本当は外でいろんな方にご挨拶をしなくちゃいけないの。だけれど、わたし、あまり体が強くなくて……アル・シャイターンにお願いして、ここで休ませてもらっているのよ。ほら、あの椅子はわたしの」
 歩けるけれど、立っているとすぐに疲れてしまうから――と、お姉さんはそばに停まっている車椅子を見て言った。
 総領なら、同族のなかでもいちばん血が濃いはずなのに、体が弱いという言葉には違和感があって、お姉さんと車椅子を交互に見る。お姉さんはくすりと笑い、それからこっちの耳元に顔を近付けて声をひそめた。
 内緒話をするように。ちょっとだけ楽しそうに。
「わたし、純粋な純血ではないのよ。ひいおばあさまが眷属の方でいらしたから」
「? でも……」
「そう、本当なら総領になれないわ。素敵なひとのお嫁さんにはなれたかもしれないけれど。事情があって総領になってしまったの。――逆に言えば、事情がなければ総領になんてなれるはずもなかったわたしだから。ね? そんなにかしこまることないわ」
 ね? と繰り返すお姉さんに、どう答えていいかわからず、とにかく一度うなずいた。
 お姉さんは嬉しそうに笑う。
 ちょうどそこでドアが開いて、お兄さんが帰って来た。両手にお皿を何枚も持っている。お皿のうえにはとりどりの料理。おサルさん顔の男のひとが笑顔をのぞかせてからドアを閉める。ゴウダさんはいっしょにいなかった。
「なんだなんだ、秘密の話か? 女の内緒話なんてろくなものじゃないと、相場は決まっているんだが」
「だから殿方には教えないのよ。――本当に、あなたがわざわざとって来てくれたのね?」
「姉ちゃんの好物を俺以上に知ってるやつがいれば、そいつに持って来させたけどな」
 お兄さんは寝椅子のそばにあったちいさなテーブルを行儀悪く足で引き寄せ、その上に料理を並べた。どれもすごく美味しそう。
 ――と、思うと同時にお腹が鳴った。
 きゅるきゅる、と聞こえた音は、どうやらお兄さんにもお姉さんにもおなじように聞こえたらしい。恥ずかしくなってうつむくと、ふたりとも同時に笑う。
「よし! 俺の見立てはどうやらまちがっていなかったな、よしよし。お嬢さんにはデザートもあるぞ。たくさん食べて大きくなって、もうすこし肉がつけば、俺の好みだ!」
「ゴウダの言ったとおりね。アキ、アル・シャイターンには気をつけて」
「姉ちゃんまで……」
 もういいから食べろよ、とお兄さんがやけっぱちに言って、お姉さんは楽しそうに笑いながらフォークをとった。こっちのまえにはフォークと、お箸と、両方並んでいる。たぶん、使いやすいほうを選べるように。
 目の前の料理と、並べられたお箸とフォークと、お兄さんの顔をかわりばんこに見比べる。お兄さんは立ったまま果物をまる齧りにしていた。見るでもなく室内を眺めていたその真っ黒い目が、視線に気づいて、こちらを向く。
「ん、どうした? もっと好きなものがあるなら、とってきてやろうか?」
「いいえ。あの、あの……あ、」
 ありがとうございます、と、やっと言うべき言葉を口に出来そうだったのに。
 轟音が響いて室内が揺れた。
 悲鳴を上げ、とっさに抱きよせてくれたお姉さんにしがみつく。雷の音だ、と気付いたと同時に照明が落ち、真っ暗になった。灯りに目が慣れていたせいですぐにはお姉さんの顔も見えない。そんななかで声だけがする。
「大丈夫、アキ? こわくないわ。雷よ」
「ずいぶん近くに落ちたなあ。電気はすぐに点くだろうが、これじゃ今がかなわない――」
 お兄さんがそう言い終わるなり、ぼうっと暗闇がすこし明るくなった。火だ。
 そのてのひらの上で、ひとかたまりの炎が燃えている。
「どうだ、明るいとおちつくだろう?」
 にっと得意そうに笑ったお兄さんに何度もうなずいてみせた。
 あの火は、お兄さんの異能だろうか。思いながら食い入るように見ていると、ただ燃えているだけだった炎がぐにゃりとゆがんで形を変えた。
 お兄さんのてのひらの上を、火でできた馬が走りだす。
「……わあ!」
「やっとこどもらしい反応したな。ラクダや蛇もつくれるぞ。それからジャーニム、じゃなくて猿。これは牛。犬。猫。お次は――」
 お兄さんの調子にあわせ、つぎつぎに形を変えながら炎が動く。
 その様子に、停電していることも、雷のことも忘れた頃、ふっと灯りが戻った。明るくなったのは嬉しいけれど、お兄さんが左手を握って火を消してしまったのは残念だ。
「面白かったか? また見せてやるからな」
「アル・シャイターンがいてよかったわね。楽しかったわ」
 くっくと笑うお兄さんと、そっと体を離しながら、髪を撫でてくれるお姉さん。
 それから、今度こそお兄さんが持ってきてくれた料理を食べていると、しばらくしてノックの音が聞こえ、ドアが開いた。
「――アキちゃん。本当にいた」
 金色の髪、青い目、背高で、いつもよりいい服はきらきら光沢のある濃い灰色のスーツ。
 驚きまなこをしばたかせながら、やって来たのはあの人だ。
「イクヤさん!」
「はいはい。お待たせね」
 お箸を置いて、寝椅子から飛び降りて、ドアをはいったところでしゃがんでくれたイクヤさんの胸に飛び込んだ。腕を広げて抱きとめてくれたのが嬉しい。イクヤさんの肩越しに、ゴウダさんも入って来るのが見えた。イクヤさんを呼んできてくれたのだと思う。
 閉められたドアを背に、ゴウダさんが言った。
「遅くなりました。さっきは、大丈夫でしたか……?」
「はい」
「俺がいれば停電くらいどうということもない、だろ?」
 兄さんが言うので、これにも大きくうなずくと、イクヤさんはぽんぽんと背中を撫でてくれてた。
「遅くなってごめんね。さびしかった?」
「あの……かみなり、が」
「雷?」
「こわかったのよね? ずいぶん鳴っていたから」
 首をかしげていたイクヤさんが、お姉さんの言葉に「ああ、それで」と納得してうなずいた。イクヤさんは、雷、こわくなかったんだろうか。平気そうな顔をしている。
 それを見ると、だんだん恥ずかしいような、後ろめたいような気になった。
 さびしくなったらホールにおいでと、イクヤさんは言っていたけれど。最初はお部屋でお留守番をしている約束だった。お利口にしててね。そう言っていたイクヤさんは、雷はこわくないみたい。
 だから、雷が鳴ったくらいで来てしまったのは、いけなかったかもしれない。
「……イクヤさん」
「んー? どうしたの、まだこわい? 抱っこしてほしい?」
「ごめんなさい」
「――へ?」
 なんで? と、青い目がまんまるくなってしばたく。
「わたし、今日は、お部屋で待ってるって。お利口にして。約束、だから……」
「待ってたでしょ? で、さびしくなったらおいでって言ったの俺よね?」
「でも、ここで、大きな声出したり、した」
「それはゴウダに聞いた。エロいおっさんに捕まりそうになったら大声出してもいーのよ」
「おーい、だれがエロいおっさんだ、だれが」
「むしろ防犯ブザー並みに叫んでいいから。大丈夫だから。女の子はそれで正解だから」
「でも、」
「まだあるの?」
「イクヤさん、は……かみなり、こわくない、ですか……?」
「こわくないよ。アキちゃんは? こわい?」
 訊ねられて、すこし迷ったけれど、うなずいた。
 イクヤさんは目を細くして笑う。
「それじゃあ、アキちゃんは俺のとこに来てよかったんだよ。お利口だった。すぐに見つけてあげらンなくて、ごめんね」
 ぎゅっと抱きしめ、その手で頭を撫でてくれるまましがみついた。スーツの肩に額をすりつけてかぶりを振ると、イクヤさんは「許してくれる? ありがとね」なんて、おかしなことを言う。許すことなんてなにもないのに。
 こわくて、心細くて、さびしくて、会いたくなってここに来たのを、叱らないで、迎えに来てくれた。
 それだけのことが、こんなにも嬉しい。


   ***


「――しかし、おまえも大概、懲りないな」
 アル・シャイターンがこちらを見もせず発したのは、その母国の言葉でもなければ、ましてやこの国の言葉でもなく、同族のなかでだけ使われる共用語だった。
 共用語、とはいえ、通じるのは総領か、それに近しいひと握り。
 ばかばかしいほど大昔、同族一の年寄りが世界中がひとつの言葉で通じあっていたとかうそぶく時代の言語を発達させたものだという触れ込みで、各地にちらばる総領同士が合議を開く時には、意思疎通の齟齬が生じないよう、この言葉が使われる。俺なんかには無用の長物だ。それでも、いいから黙って習えとおやっさんに言われて、他の言語といっしょにひととおり教わったことを思考のすみに思い出す。
 アル・シャイターンの従僕に用意させた椅子に座って、部屋の端から、サイドテーブルに並べた料理をつついているうちの子やディナシー、そのそばに番犬よろしくつっ立っているゴウダの様子を眺めつつ、声をひそめて返した。
「懲りないって、なにが」
「――あの子」
 地祇の血族だろう、とアル・シャイターンが言ったのは、口の端についた食べかすをディナシーにナフキンで拭われているうちの子だ。
 その目は左右で色ちがい。隠しようもない。
「帰り道に落っこちてたんだよ。雨の日で、寒かった。ほっとくのも気が引けてさ」
「だからって、おまえが世話をしつづけることはない、だろう? ゴウダにもおなじように聞いたが、地祇の、それも混血のこどもを道端で拾うなんて状況がそもそもおかしい。それに、あの子は元からああなのか? あのくらいの歳ならもっとしっかりしているだろう。普通は」
「しっかりしてるだろ。身の回りのことは自分でできるようになったし、聞きわけはいいし、よくおしゃべりするようになったんだ。あれでも」
「あの子は厄介だ。おまえに処せるとも思えない。さっさと手をひけ」
「そうだな。考えとくよ」
「イクヤ」
 アル・シャイターンの語気が低く強まる。
「地祇の眷属がツバつけてた女に手を出して、どんな事になった。まさか忘れていないだろう。二度目はないぞ。おまえのせいで天羅の兄さんの立場がやばくなるのを、俺は見過ごしにできないからな」
「……結局、手前の都合か。総領サマは大変だな」
 鼻を鳴らして皮肉めかした。いつものように。声は震えなかった、そのはずだ。
 このまま適当にやり過ごしてしまうのが一番だろう。
 アル・シャイターンもこうして説得してくるということは、直接あの子をどうこうする気はないようだから。受け流してしまえば面倒がない。そう、わかっている。
 わかっている、はずだった。
 ――けれど。
「サキは俺の女だよ」
 気付けば止めようもなくそう言っていた。
 その名前を口にすると、いろんなものが胸に詰まる。サキ。まだあの頃とおなじようにきみを呼べる。おなじようにきみを想う。おなじように愛しい。
「最初からずっと、俺だけのサキだ」
「……懲りないな」
 アル・シャイターンが苦笑した。その目を無意識に長椅子のほうに向けながら。
 うちの子がフォークに刺して出したケーキにゴウダがためらいがちに食いつく、その光景に微笑んでいるディナシーを見つめて。
「懲りないのはあんたもだろ」
 笑いながら言ってやると、軽く鼻を鳴らされる。
「総領サマは大変だからな。大目に見てろ」
「調子のいいことで」
「あの子はこのまま育てる気か?」
「地祇にはおやっさんに話をつけてもらう。うちにいるあいだくらいは面倒見るさ」
「すぐにもよそへ行くと思ってる口振りだな」
「女の子なんて猫といっしょ」
 どうだか、とアル・シャイターンは笑った。にやにやとこちらを見ている。
 下世話な笑みだ。
「なんだよ……? 気持ちの悪い」
「気持ち悪いのはこっちだ」
 身を引きながら訊ねれば、砂漠の国の総領はにやついたまま椅子の肘掛けに頬杖をつき、脚を組みかえて大仰に姿勢を崩す。いかにもふんぞり返ったその姿に、全身で小馬鹿にされているような気がして癪だ。
 それが顔に出たのだろう、アル・シャイターンはおかしげに言う。
「サンジェルマンのじいさんが来てるのにかこつけて、兄さんがめずらしく昵懇の総領を集めて夜会を開いたと思えば、あれからずっと出て行ったきりのおまえが、何喰わない面で戻って来てる。いったい何のつもりだと勘繰ってみれば、なんのこともない、赤の他人のこどものために、天羅総領と取引か? らしくもないな」
「邪推だよ」
「なんでもいいさ。なんでも。おかげでこっちは楽ができる。生太刀(ズルフィカール)が天羅のもとに戻ったと知れば、血統主義のうるさい連中も様子見でしばらく静かだろう」
「そうかい。感謝してくれていいンだぜ?」
「あとで面倒事さえ起こさなきゃな」
 互いに視線を交わし、すぐにあらぬほうを見て、鼻先で笑ったのは同時だった。
 アル・シャイターンが言う。その国の言葉で。
「上手くやれよ」
「……ああ、そのつもりだ」
 こちらもこちらで、この国の言葉で返すと、ふっと何気なくうちの子と目が合った。
 まさか聞こえたわけではないだろう。手を振ってやるとなにが嬉しいんだか、あの子は口を引き結んだまま頬を赤くし、それから思い出したように照れてうつむいた。
 はっきり笑うことはない。表情もたいして変わらないけれど。
 なんだか自然と笑みが浮かぶ。
 素知らぬふりで顔をそむけてみたものの、どうやらばれているらしい。アル・シャイターンが喉で笑った。やっぱり癪だ。
「しかし可愛いな、あれは。男がほうっておかなくなるぞ」
「うちの女の子に色気をだすなよ、おっさん。細切れにすンぜ」
「だれがおっさんだ。父親気取りで」
「そんないいもんじゃねーよ。当分はお兄さん希望」
 でも本当はなんでもいい。何になってもいいと思う。
 今はただ――。

 あの子を守れるなら、それで。












アル・シャイターンの装束を想像するのがものすごく楽しかったです。アラビア風! ズルズル衣装! そして彼けっこういじられる子だった。さりげなく左利き。

アル・シャイターンはイクヤさんとゴウダが少年だった頃、しばらく天羅の家にいたことがあって(一ヶ月くらい、たぶん仕事か何かで来日して、ついでにおやっさんから総領の心得とかそーいうのを習っていたと思われ)、その間にふたりと親交を深め(おもにゴウダを意地悪くからかったりして)、その後もちょくちょく天羅の家に来たりしていたので、イクヤさんとゴウダにしてみれば「親戚の(おっさん寄りの)お兄さん」みたいな存在。そしてイクヤさんに女遊びの基本を教えたのはアル・シャイターンということで、このふたりはそれなりに仲良し。でもお互いそんなに踏みこまない。適度な距離感。

アル・シャイターンは4世の始祖、ディナシーは5世の始祖で、世代としてはディナシーのほうが若くて新参。でも、総領になったのはディナシーが先。ふたりとも、見た目20代後半から30代ですが(ディナシーはやや童顔だけど)、実年齢は60越え。

現時点で名前が出てる総領、世代順だと『サンジェルマン(1世)>地祇(3世)>天羅(4世)=アル・シャイターン(4世)>ディナシー(5世)』年齢順だと『サンジェルマン>>>(越えられない壁)>>>地祇>>天羅>ディナシー>アル・シャイターン』です。2世の始祖はもういないので、サンジェルマンを除けば3世の始祖が古参の部類。

始祖総領は11人だから、あと6人……とりあえず、どんな時でもイーゼルにキャンパスかけてひたすら絵を描いてるような、そんな総領がひとり欲しい。意味はないけど。お風呂に入ってる時にふっと思い浮かんだから想像したらなんか好きな感じだったというそれだけの理由(オイ、



そろそろ本館の更新したいのにキリヤマさんの奥さんの話が無性に書きたい。


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Comments

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燈青 尚真 : URL

2012.01.09 Mon 21:36

オイシイとこ持っていってくれましたね、イクヤさん!!ゴウダくんの活躍が霞んじゃうよ!
まさに、イクヤさんマジック!(え、古っ

アキちゃんの可愛さに滾ってる俺がいます^^ちょ、今通報したの誰ですか?!←

アルさんのキャラいいですねぇ
さすがイクヤさんのナンパお師匠様ww
皆からの扱いが酷いですね^^
ディナシー姉さんとアキちゃんの会話が和みます(〃▽〃)
なんて愛らしい二人なんだ!!

お絵描き好きな始祖さん!ディナシーさんと仲がよさそうです。
キリヤマさんの奥さんの話も気になります!!

我が君 : URL 昨日の

2012.01.10 Tue 13:37

おやっさんイメージが若すぎてビックリ。でもおやっさんの何番めかの奥方になりたいのは本当ww

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.01.10 Tue 22:41

燈青 尚真さま
イクヤさんマジックです。真打登場!みたいな(笑)
ゴウダは後半すっかりおとなしくなりましたー。アキちゃんがおちついたので、いっしょにおついたと思われw ゴウダ、すっかりワンコです。まわりがおちつけば自分もおちつくw
そして、あ、あれ? 卯月も連行されますわわわわわ……! ちっちゃいアキちゃんは可愛かったです~v
アル・シャイターンは想像以上に楽しいひとでw 少年時代のイクヤさんに悪いコトを教えた悪いオッサンwww 偉いひとなのに雑に扱われてる感じがとても好みでした(笑)
逆に、ディナシーは想像以上にいいお姉さんで、卯月もホッとしました。でもたぶん同じ年頃だけで集まるとけっこうもごもご←
書きたい話ばかりポンポン思いついて、小話ばかりがドンドン増えます、闇の眷族(笑)


我が君
おやっさん、最初期(夢のなか)の設定だと、小柄で好々爺然とした、スーツに中折れ帽のおじいちゃんだったから、我が君にもそのご老体イメージが残ってたのかも? 闇の~は、わりと設定変わったり増えたりしてるからねえ……イクヤさんも、最初は茶髪だったのがだんだん色素が薄くなって金髪になったし(笑)
卯月も、我が君といっしょにおやっさんのハレム(笑)にはいって、お茶したりおしゃべりしたりして暮らしたい~♪

ミズマ。 : URL

2012.01.10 Tue 23:37

イクヤさんの胸に飛び込んできたアキちゃんに、メーターが振り切れました(なんのだ)。
かーわーいーいー!! なんなのこの子、かーわーいーいーッ!!!←
素直にイクヤさんに懐いてるところもすごいかわいいですねぇ。超かわいい。どうしてくれるんですか、もっとやry

ふふふ、やっぱり電車の中で読む羽目になりましたようふふー! 衆人環視のもとー!←
感想は落ち着いてお家にて書かせていただいております。

アル・シャイターン、いい人だったのねwww すみませんてっきり悪い人だと思ってしまっておりました(^_^;)
うん、シスコンのいい人だったwwwwww
ディナシ―お姉さまもステキですね。……ディナシ―お姉さまと、イクヤさんって過去になにかあったりしましたか? なんだか、ちょっと引っかかる描写があったような、気のせいのような。
……と、考えたときに「もしイクヤさんとディナシ―姉さんの間になにかあったら、アル兄さんがただ事じゃねぇなwww」と思ったのできっとそんなことはないと思いなおしました(笑)
ディナシ―も総領だから、子供を作るのが使命でしょうけど……アル兄さんが全力で阻止しそうな気がしてならないんですがwww
体弱いから子供作るの難しい、とかなんでしょうかねぇ。

そして途中からゴウダどこいったwww イクヤさん出てきて、彼と絡んでないと、彼の存在は消えますねぇwww←

キリヤマさんの奥様!?
……読ませて下さいお願いします<(_ _)>

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.01.11 Wed 22:53

ミズマ。さま
>やっぱり電車の中で読む羽目になりましたようふふー! 衆人環視のもとー!←
もっと徹頭徹尾徹底的にニヨニヨな展開にすればよかったぁあああああああああっ!(鬼畜)
この時期のアキちゃんは、イクヤさんが外出から戻ったりすると抱きついてお出迎えです。わりと加減なく飛びついてくるから、イクヤさん、何回かに一回は顎とか首の付け根に頭突き食らっていると思われ(笑)
そしてゴウダの存在感の薄さに着眼ありがとうございます。基本的におとなしいやつだとわかっていましたけども想像以上にものすごくおとなしかったです。背景でアキちゃんにケーキあーんされてるから報われている、と、思ったのですが、前に我が君と話していてふと気付いたことが「アキちゃん、ゴウダに1回あーんする間に、イクヤさんには5回くらいあーんするよね」という事実。愛の差は歴然です。ゴウダ不憫w でもイクヤさんは甘いもの苦手だからあーんされてもただの苦行www
>イクヤさんとディナシ―姉さんの間になにかあったら、アル兄さんがただ事じゃねぇなwww
ただ事じゃないですねwww 天羅とアル・シャイターンの血族巻き込んだ抗争にまで発展しかねませんねwww 描写がまぎらわしくて大変もうしわけなく…orz アル・シャイターンもディナシーもおやっさんとおなじ、穏健派の総領なので、ちょくちょく交流があって、その関係でイクヤさんとも面識のあるディナシーお姉ちゃんです。ふたりともお互いの認識は「知り合い」レベルなので実はそんなに親しくはない、という。ちなみにディナシーはいまのところ旦那さんは三人です。みんな良い人。
アル・シャイターンは前半の感じだと悪役ぽいですよねー(お前が言うなしw
ヒールを気取りたいひとなので、その部分でイクヤさんと波長が合う感じです。アル・シャイターン。でも一皮むけばわりと気のいいお兄ちゃんもといおっさん(笑)
キリヤマさんの奥さんは、ちょっとだけ書いてみたら、なんかものすごいドジっ子みたいです。

朱鷺(shuro) : URL 帰り道に落っこちてたんだよ

2013.11.22 Fri 11:50

↑良いなぁ、そんな可愛い仔猫が落っこちてて!!

さて。お久しぶりに堪能させていただきました。
設定が見事で、はい、衣装描写もわくわくいたしました。
しかし、アキちゃん、可愛いね。更に、イクヤさんの描写がものすごくかっこよくて「おおおおお!」とテンションあがりました。
ゴウダさん、なんだか、二人の保護者というか、お兄さんというか、そんな役回りは…まぁ、いつものことですかね。

サキさん。ああ、お名前を聞くだけで切なくなる。
二人の恋物語は、とても素敵で、ごく普通の、イマドキの恋人同士だったんだろう、むしろ、本当にごく普通のラブ・ストーリィだったんだろうな、と思えます。
その後、彼女を失ってから、イクヤさんは自らの存在を自覚し、今に至ることになっているんだろう、と。
だから、物語の始まりはサキさんを失ってからなんだろうな。
そういう部分がむしろ切なくて美しい。

失って始まる物語。その語られるロマン(物語)。
確固として存在するこの世界が、永遠であれ! という気持ちにさせられます♪

また、お邪魔させていただきます~(^^)

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2013.11.26 Tue 23:38

朱鷺さま
お返事が遅れましてすみませんんんんんっ!!orz

アル・シャイターンの衣装、わくわくしていただけてうれしいです。卯月も書きながらニヨニヨしていたのを思い出しました、民族衣装が好きなので( ´艸`)v 始祖十一人とその血族は世界各地に散らばってるので、髪とか肌の色とか、服装とか想像するのがすごく楽しいです。

ちっちゃなアキちゃんはイクヤさんが大好きなので(いまもですがw)アキちゃん視点のお話になると、必然的にイクヤさんがカッコ良くなる現象が発生いたします(笑) ゴウダのポジションは今後進展があったりなかったりでゴニョゴニョ←

>サキさん
>彼女を失ってから、イクヤさんは自らの存在を自覚し、今に至ることになっているんだろう
朱鷺さまの読みが深くて……そしてまさしくそのとおりで……!(戦慄する卯月
イクヤさんとサキさんの話は、このあともたびたびくり返し出てくるわけなのですが、ふたりにはどうしようもない部分でのむずかしい要素がたくさんありすぎただけで、それらを取り払ってしまえば本当に、ただ寂しくて人恋しくて好きになっていっしょにいたかっただけのふたりなので……サキさんに関しては卯月も切ないです(´;ω;`)

コメントありがとうございました!<(_ _*)>

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