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2012.02.05 Sun 闇の眷族、みたいな、おやっさん過去時間。

というわけで、前回ガス抜きと称してハンパな状態で載せたおやっさん話がどうにかこうにか書きあがったので載せてみるんだぜ! 予定8ページのところ終わってみたら10ページになっていたこの計画性の無さよ!←

というわけで、追記からどーん。






 私がその娘とはじめて逢ったのは、すこし前までご維新だの文明開化だのと騒いでいた世間がデモクラシーを叫びはじめてしばらくの頃。
 馬車のなかにもふっと金木犀の香りがする夜だった。
 人間相手の夜会の帰りに通ったあの橋はなんというのだったか、名前を思い出せないのは気分を変えようと普段とは別の道を指示したからで、そうでもなければ橋の欄干に片膝を上げて川面を見つめる娘と出くわすことなどなかったはずである。橋に向かって川沿いの道を進む馬車の窓からその姿を見つけ、同乗していたキリヤマに娘を連れてくるよう言ったのだ。
 その時には、特別なにを考えてもいなかった。
 しいて言うなら目の前で身投げをされても寝覚めが悪い、それだけの理由だったと思う。
 あの頃はまだ若かったキリヤマが、どうにかこうにか説得し、それでも飛び降りようとした娘をいよいよ力づくで思いとどまらせて引きずって来るまで、さてどれほど待っただろう。そもそも夜明け近かったこともあって、窓から見える空の端は白み、景色は薄青くなりつつあったように思うが、いまとなっては判然としない。
 ただ、馬車の向かいに座った娘の姿はよく憶えている。
「サヨ、と……申します」
 年頃は十六、七。
 指先の荒れた手を膝のうえできつく組み、身を固くして肩をいからせ、所在なさげにしている様子はいかにも奉公人という居住まいだった。左右にわけたお下げ髪。丸い額とちいさな顎。居心地悪く噛んだ唇の端にほくろがひとつ。着飾ってホールにやって来る娘たちが知らずに育つ苦労の翳がいくら大人びたふうに見せても、まだ少女だ。端々に残る幼げはいくらでも見てとれた。
 うちに帰る道すがら、なかなか喋ろうとしない娘から聞きだしたその身上は、やはり、さる大店(おおだな)の下働きであるという。
 奉公に出されたのは八つの頃。恋をしたのは十四の春。先頃ようやく想いが叶い、いまやその身のうちには御店(おたな)の御曹司の胤が宿っているのだと。けれど主家のご令息と奉公人。相手方には落ちたりとはいえ華族ご令嬢という家柄華々しい許嫁もある。ゆるされないならともに逃げよう、どこか遠くで親子三人、つつましく暮らそうと言われても、嬉しい半分、愛しい男の栄えある前途に影を射すのは忍びない――。
 だから身投げというのも若い娘らしい極端な発想だが、なるほど、聞けば聞くほどお綺麗な話である。
 件の御曹司がこの界隈では知らぬ者なき色道楽のバカ息子で、その日の夜会でも男だけの煙草の席で若い下働きをのぼせあがらせた己が手練手管の妙なることを鼻高々と誇らしげに語ってさえいなければ――だが。
 好みと見れば後先もなくたらし込み、厄介になれば大枚を掴ませてよそへやるか、かけおちをほのめかせて身を引かせるか、もしくはその両方と手の内まで知れている。絵に描いたような銀流しでも、事の始末の手際ときたら確かに見事だ。
 おまえといっしょに、おまえと逃げる、あとのことは知らぬ、家がどうなろうと構わぬ、父母には不孝の限りだがおまえに子が生ったのなら致し方もない――そんなふうに言われれば、あのバカ好みのうぶで気の柔しい娘がハイそうですか、ぬしさんについてゆきますと手に手をとれるはずもない。
 不憫な娘だ。
 あんな遊び人にコロっと騙されてしまうあたり、自業自得と言ってしまえばそれまでだが。娘に向かいの席をゆずってこちらに座るキリヤマが、いったいどうするのかと肩を並べた目線からこちらを見ていた。どうするもこうするもない。
 もう夜は明けたし、うちにも帰り着いてしまったのだ。



 果たしてサヨは私の手元で預かることになった。
 話がとんとん拍子に進んだのは跡取り息子の不始末をさっさと片付けたい親の意向にちがいなく、バカ息子自身からはその後、要らないものでもひとに獲られるとなれば惜しいのか、たまに出くわせば遠巻きに恨みがましい視線を貰いもしたが、結局、長くは続かなかった。ついに許嫁のご令嬢とめでたく婚礼相成ったのだという話を風の噂に聞いたのは、夏だったか冬だったか。
 ともあれ身重の娘である。ただ飯を食わせてやることもやぶさかでなかったが、それにはサヨが頑として承服せず、仕方なしに身の周りの世話係を任せるとこれがよく働いた。
 ふわふわした浮かれ頭と思いきやサヨは存外利口で、仕事を覚えるのも、うちの使用人に馴染むのも、どちらが主人の私室をより快適に整えられるかでキリヤマとやり合うようになるのもあっという間だった。ふたりとも、しまいには当の主人そっちのけで口論に熱を上げるものだから、仲裁に割って入ったのは二度や三度の話でない。
 そうこうしているうちにサヨは子どもを産んだ。元気な男の子だった。
 キリヤマがサヨを嫁にもらいたいと言ってきたのは、彼女の息子が八つになったその年の夏の終わり。うちの使用人には他にもサヨに惚れている輩がいたようだが、キリヤマに真っ向張って名乗り出る猛者はいなかった。いつまでもサヨを女の独り身でいさせるのはどうかと考えていた頃のことだ。当人がそれで良いと言えば、別段、止める理由はないように思われた。
 ほどなくしてサヨが息子を連れて暇乞いに訪れ、キリヤマの恋の決着はおのずから知れることとなり、母子ふたりでうちを出るという彼女をキリヤマが止めに来ないのなら、しいて留める理由もなかった。
 これ以上のご迷惑は、と遠慮したがる彼女に、住む家とつぎの仕事を世話してやったことに大した意味はない。使用人に対する主人の務めと、そう思ったまでのことだ。
 サヨからは季節の折々に葉書が届いた。元気にしているようだった。



 なんのかんのと理由をつけてはじまった戦争が激化したのは、サヨがうちを出て十数年後。人間同士の諍いに便乗して同族間の勢力を競うのは我々の常である。あの頃はとにかく忙しかった。
 とはいえ、時代はすでに人間が剣や盾を手に眼前の敵と殴り合うだけの古代めいたものではなく、世界中を巻き込むほどの熱気に呑まれればこれまでにない凄惨な潰し合いになることは明白で、人間は人間、我々は我々で争うだけならまだしも、この時は下手を打てばそのまま人間と我々が正面切っての悶着にも発展しかねなかったのである。
 個々の能力となれば比べようがなくとも、数では圧倒的に人間の優勢だ。ぶつかればいずれこちらが圧し負けるのは大昔からわかりきったことで、つねに人間との争いを忌避するサンジェルマンを筆頭に、総領は皆、逸る血族を戦火から遠ざけ、万策を尽くして同族を守ることに必死だった。
 あの頃はとにかく忙しかった。
 サヨからの葉書が途絶えたことも、サヨの家のある街がひどい空襲で焼け野原になったことも知っていたが、消息を確かめるよう手を割けたのは、結局、戦争が終わってしばらくもしてからだった。
 必ず見つけると言って出たキリヤマから捜索の報せが来るのを待ちながら、けれどもうあの娘はどこにもいないのではないかと、そんなふうにばかり考えて過ごす日々は三月ほども続いただろうか。
 サヨは生きていた。息子も無事だった。
 聞いたところ、サヨは空襲に遭うよりも先に食べるに事欠いて街を離れていたらしい。立派に成長した息子は徴兵されたが出征する前に戦争が終わって放り出され、キリヤマが見つけた時には母子ふたり、ずいぶん辺鄙なところで日雇いのようなことをしていたのだと。ふたりを連れ帰ったキリヤマの憤懣たるや相当で、そんな苦労をする前にどうして頼って来なかったのかとひっきりなしにサヨに詰め寄るものだから、おかげで他は皆、面やつれした彼女らを労うことにだけ専念できた。
 サヨとその息子は時世がおちつくまでの数年、昔のようにうちで働き、給金を貯めると近在にちいさな家を買ってふたたび出て行った。
 とはいえ、息子はそれからも通いでうちに勤めていたし、サヨだけがよその家政婦になったことを思えばいつまでも結婚する様子のないキリヤマに彼女なりに気を遣ったのは明らかで、キリヤマもとうとう観念して数年後、以前から縁談のあった同族の娘を最初の妻に迎えた。サヨが祝いに駆けつけた時のキリヤマの複雑な顔ときたらとても忘れられそうにない。
 それからも、サヨは時折うちに来て、使用人たちとお茶をしたり、キリヤマに夫たる者の心得など説いてまた喧々と口論をしたりしていた。私も、たまにサヨの家をおとなえば食事を振る舞われるようなこともあった。
 穏やかな時間だったと思う。



 サヨの息子から報せがあったのは晩秋のある日。
 母が重篤で、よければ最期に会ってほしいと控えめに言う、そんな内容だった。
 その頃にはサヨとの関わりは以前のように季節の折りに触れた葉書や手紙だけになっていた。世情と仕事の利便をかんがみ、うちの本邸を先々代から受け継ぐ土地から東の方へ移すことになった時、サヨと息子は旧本邸のある街にそのまま居残ったからである。彼女には彼女の家と生活があり、それが安定しているなら、そこからひき離す理由はなかった。別れはあっさりしたもので、以来一度も顔を合わせていない。
 最後に会ったのはいつのことか。
 それがもう三十余年も前になるのだと気付いたのは、病院の個室で、清潔な白いベッドに横たわるサヨの姿を見た時だった。サヨの息子は遠慮したのかその場にいなかった。私も付き添いはつれて来なかった。
 おそらくはじめて、サヨとふたりきりの時間だった。
 閉めそこなったのか、細く開いた窓からはいり込む風にカーテンがふくらみ、秋の午後の陽が射して、ほのかに、金木犀の香りが漂った。
 サヨのまぶたが震え、その目がこちらを見るまでに永遠が過ぎる気がした。
「ああ――」
 サヨ。
「――レイイチさま」
 老いて擦れたその声がどこか甘く呼んだその名で、ここが昼下がりの病室ではなく、夜明けも近い橋のうえなのだとすぐにわかった。
 あの日、あの時、どこからか金木犀が薫っていた、あの夜。
 サヨの心は眠るうちにあの橋のうえに立ち帰り、欄干に身を乗り出して川面を見下ろしていたのだろう。好いて惚れた男のために、腹の子もろとも死のうと決めて。
 それでも一縷の望みを捨て切れず、待っていたのか。
「本当に、来て下さった……来て下さった……」
 布団の端を弱々しく押しやり、差し伸ばされる彼女の手。力なく震える枯れた指先。
「レイイチさま……」
 ――奉公に出されたのは八つの頃。恋をしたのは十四の春。
 たとえば、幼い彼女の奉公先がうちであったなら。十四の年に私と出会っていたのなら。うちを出ていく彼女を引きとめ、居所が知れなくなれば何を置いても捜しに行って、離れ離れになる前に、いっしょに来いと言えたなら。あるいは――。
 そんなふうに、考えるだけ詮無いことだ。
 私の一生は呆れるほど長く、時が経つのはあまりにも早過ぎる。
「――サヨ」
 利口な娘だったから、騙されていたことも、きっとそのうちわかっただろう。それでもこうして最後には、思い出すのか。サヨの恋は本物だった。あのバカが生きてさえいれば、すぐにもここへ連れて来て、望むだけそばにいさせてやったのに。
 ここにはもう、私しかいない。
 きみと私のふたりだけだ。

「遅くなってすまないな。サヨ」
「いいえ、ちっとも――」

 指先に触れ、その手を引きよせて包み込めば、握り返してくる力は頼りないがたしかにあった。彼女の手はあたたかった。微笑む顔は幸せそうで。
 あの時に感じた甘さは風の孕んだ金木犀の香りだったのか、サヨの血の味だったのか。

 そこだけがいつも曖昧で、けれど、泣きたくなるほどのその甘さを、いまもはっきり憶えている。


   ***


「――と、まあ、おっさんにもたまには昔を思い出して気持ちよくしんみりしたい日だってあるんだけどな。居眠りもさせてくれんのか。なんの騒ぎだ?」
「何もクソもねえよ。だから、うちの子がやたらグッタリしてンだって、さっきから言ってンじゃないスか!」
「風邪だろう?」
「はァッ!? 風邪っ!?」
 風邪なのっ? と、先刻、すっかり慌てた様子で部屋に駆け込んできたうちの坊主が、腕に抱えた毛布のかたまりに問いかける。そのすぐそばで、ゴウダもおろおろとおちつきをなくしていた。イクヤが抱えている毛布の中身は、しばらく前に拾ったという女の子だ。名前はアキと呼んでいたか。ちいさな子どもが熱っぽく汗を浮かべ、喉を鳴らして息苦しそうにしていれば、それはたしかに心配にもなるだろう。
 しかし、大の男が雁首揃えてこのザマとは恥ずかしい。
 一般的な常識もひととおり踏まえて育てたつもりだったが、今ひとつだったか――ソファに転がしていた身体を起こし、あくびを噛んで背筋を伸ばしていると、尻のしたからガツンと衝撃。イクヤがソファを蹴りつけたようだ。
「のんきにしてンなよ、おやっさん!」
「さーわーぐーな、やかましい。病人の耳元で。風邪くらいなんだ」
「俺そんなの罹ったことねェし」
「親父様、俺も……」
「むしろお前らが風邪で寝込んだりするほうがビックリだわ。お父さんビックリして腰が抜けちゃうわ」
「じゃあなんでうちの子ゼエゼエ言ってんスか!」
「その子は混血だぞ? 半分は人間だ。人間なら風邪も病気もやるだろう」
 あ――と、うちの坊主たちはいまさらそれを思い出したのか顔を見合わせる。
 生まれついての疾患や免疫不全でもないかぎり、我々が病気を患うことなどまずあり得ない。失念していたのもわかるが、それにつけてもバカどもめ。子どもの体調不良くらいで始祖総領のところに駆け込むか。親代わりとしては恃みにされているのが嬉しい気もする反面、この狼狽ぶりを見れば、体ばかりデカくなってとやはりすこし情けない。
 嘆息しながらテーブルに手を伸ばして置き型の端末のボタンを押すと、すぐに階下と繋がった。音質の悪いスピーカーから聞こえる使用人の声に告げる。
「リリコを寄越してくれ」
「――ちょっ! 待っ、なんでリリちゃん!?」
 来なくていいよ! イクヤがそう叫ぶより早くボタンを離して通話を切った。
 途端に今までとは別の理由でそわそわしはじめる坊主たちの様子に、笑いをこらえるのも一苦労だ。咳払いをひとつして神妙な顔を取り繕う。
「子どものことなら、リリコに聞くのが一番だからな」
「や、もう、原因わかったから大丈夫スよ。風邪ならー……ほらー……アレでしょ? あったかくして、元気の出るものを食べさせて、薬を飲ませて、眠らせてれば治ンじゃないスか?」
「医者なら、俺が、呼びます」
「いーから待て」
 きびすを返して出て行こうとする坊主たちを引きとめたのと、ドアの向こうから声がしたのはほとんど同時。
「お呼びでございましょうか、旦那様」
「呼んでないよリリちゃん!」
 イクヤが間髪入れずに返し、ゴウダがびしりと硬直し、こっちはもう半ば笑い声になって。
「ん、はいりなさい」
「失礼いたします」
 ドアが開いた。
 瞬間――。
「そんなにリリコに会いたくないのですかリリコの顔なんて見たくもないのですかどうなのですかイクヤぼっちゃまっ!? リリコは悲しゅうございますイクヤぼっちゃま!」
「だからその呼び方がヤなんだってばっ、もう! ガキじゃねーんだからさあ!」
 部屋に入るなりものすごい勢いで迫り来たリリコに、イクヤは逃げ腰になって身体を引く。とっさに、抱えた毛布を隠すようにするものだから、それが余計目について、リリコはまた声を上げた。
「まあっ、まあっ、お嬢ちゃま! どうなさったのです、お風邪でございますか?」
「そ、そうらしいよ」
「おかわいそうに。お熱が高うございますね……」
 毛布のおくるみに手を突っ込んでアキの額や頬に触れながらリリコは眉尻をさげ、けれどすぐに顔を上げて。
「お医者様には診せたのでございますか?」
 イクヤはしどろもどろで、
「まだ、だけど……まさか風邪だと思わなかったし」
「思わなくても、具合が悪そうならお医者様に診せるのが先でございましょう。着替えは? 持ってきてらっしゃいますか? おいでになる前に着替えさせてさしあげたのでございますか?」
「ええと、」
「汗をかいたままにしていると体が冷えますから、着替えはこまめにしてさしあげてくださいましよ。ぼっちゃまのお小さい頃は本当に健やかでいらっしゃって、リリコもそういうお世話をしてさしあげる機会がございませんでしたから、物慣れてらっしゃらないのでしょうけれど……ともかく、イクヤぼっちゃまは下に行ってタオルと、着替えになりそうなものをもらって来てくださいまし。それからお水と。氷枕と。事情を説明すれば必要なものを渡されるでしょうから全部持ってらっしゃいませ」
「わ、わかった。わかった」
「ゴウダぼっちゃまはお医者様を呼んでくださるように。すぐに」
「はい」
「ついでに部屋をひとつ用意させていいぞー。あまり動かすのもいかんだろ。おちつくまで泊っていけ。リリコに看病の仕方を習って帰ればいい」
「えぇっ!?」
「なんですかイクヤぼっちゃま。良い機会でございます、みっちりお教えいたしますよ!」
「えぇえ……ちょ、ホントもう、ああ、くそっ……わかりました!」
 下に行くから面倒見ててね、とリリコの腕にアキを預け、イクヤは頭をがしがし掻き回しながら部屋を出た。廊下からは、先に出て血族の医者に電話をしているゴウダの声がする。これくらいの手際はだれに言われなくても見せてほしいところだったが。仕方ない。
「リリコ。部屋が整うまで、その子はこっちに寝かせてやりなさい」
「はい。ぼっちゃまたちがお騒がせして、申し訳ございません。旦那様」
「こんな日もいいさ。たまにはな」
 ソファを立って、デスクの椅子に腰かける。
 空いたソファにアキを寝かせ、絨毯のうえに座り込んで額を撫でたり、しゃべりかけたりしてやるリリコは、歳なら四十も下りにかかる娘だ。そう呼ぶと、本人は薹が立ち過ぎて恥ずかしいと言うのだが、私と比べれば子どものようなものである。
 少女の時分からうちで女中をやっていて、イクヤとゴウダがいまよりもさらに鼻ったれだった頃、ふたりの子守りをしていたのが彼女だ。うちの坊主たちはあいかわらずリリコに弱い。
 同族のなかでも一、二を争って厭われる生太刀と万禍識を相手にこだわりのないところは、人間の娘だてらにキリヤマとしょっちゅうケンカをしていたサヨの臆面のなさに通じるのだろうか。口の端にほくろの見える横顔などはこわいほどそっくりだ。
 ――サヨの息子がもうけた子どものなかで、末の子はうちの眷属と結ばれた。
 そうして生まれたリリコはだから混血の娘で、サヨの曾孫にあたる。
 サヨの血筋で、私の血族で、さらには現キリヤマ夫人でもあるのだから、時が経つというのもなかなかに面白い。この頃はそう思うようになった。
「リリちゃんコレさ、とって来たけど色々いっぱい持たされて。落としそう落としそう。持って持って。つか、うちの子はっ? だいじょーぶ?」
「カネダ先生は、すぐに、来てくださるそうです。部屋も、五分ほどで用意できると……リリコさん、あの、アキさんは……?」
 戻って来るなりソファに群がってわたわたする坊主たちに、リリコはイクヤの持って来た荷物を半分受け取りながらため息を吐いた。
「そんなにすぐに良くも悪くもなりはいたしません。おちついてくださいませよ。ぼっちゃまたちがそんなふうでいらっしゃると、お嬢ちゃまが不安になってしまいます」
「そうなの? そんなモンなの?」
「す、すみません……おちつきます。すみません……」
「風邪なんて、リリコもうちの子どもたちもよくいたしましたけど、こうして元気にしていますでしょう。お嬢ちゃまもすぐによくおなりです。大丈夫でございますよ」
 リリコが笑ってそう言えば、坊主たちはあからさまにほっとして、さっきまでの取り乱しぶり嘘のようだ。リリコに言われるまま、アキに毛布をかけてやったり、水を飲ませてやったり、いい歳の男が子ども一人にかかりきりで、甲斐甲斐しく世話する姿は見ていて微笑ましいやらおかしいやら。
 生太刀の子どもを拾った時にも、万禍識の子どもを預かった時にも、まさか後々こんなふうになるとは思いもかけなかった。
 ――サヨ。
 時が経つのはあいかわらずまたたく間で、私の一生はいまもって続き、金木犀の花が咲けば、きみを懐かしく想うけれど。
 きみと出会い、リリコと出会い、イクヤやゴウダと出会ったように。
 これからも誰かと出会って過ごすなら。

 長く生きるのも悪くはないさ。

 いつか今日の日を思い出し、あるいはきみのことを思い出して、きっとまた、同じようにそう思うのだ。












ちょっと前に我が君とメールで話した「おやっさんの初恋の話」は、こんな感じにまとまりました。どうだろう? おやっさんの初恋っていうか、途中は完全に「キリヤマさんがフラれつづける話」だった気がする(笑)

おやっさんの口調はあいかわらず迷子です。ミズマ。お姉様のお宅に通いつめて凝視しながら書いてみたけどいまだ習得ならず……つぎこそはっ!(o゚Д゚)ノ イクヤさんのおやっさんに対する崩れた敬語口調は、お姉様が「後輩の口調とカブりやすい」と言っていたので、そうか気をつけねば!と意気込んでみたらこっちもこっちで迷子にw いや、基本的にイクヤさんは相手とかTPOで口調コロコロ変えるから、ある意味常に迷子で、だからもう迷子状態が通常運行といえば通常運行(オイ、 イクヤさん、アキちゃんが相手の場合とサキさんが相手の場合とゴウダが相手の場合とおやっさんが相手の場合とリリコさんが相手の場合で、もうこれ全部口調ちがいます。卯月のなかではちがってるんです。例え書き分け出来てなくても……っ!。+゚(ノД`)゚+。

ともあれ、ゴウダが電話したお医者さんのカネダ先生は、元は人間だったけど、ふとした時に天羅の血族のだれかと知り合って吸血鬼に興味が湧いて、吸血鬼の診察とか手術とかやってみたい!と思って眷属になったひとだと楽しい。なってみたら純血の吸血鬼が病気することなんか滅多になさ過ぎて、ちぇっと思ったんだけどまあいっか、みたいな感じで、町医者兼天羅のお家の主治医になってるといいです。腕はめちゃくちゃいいけどちょっと変人。たまに吸血鬼の診察とかさせるとハァハァいって患者を不安にさせる変人。

そんなカネダ先生の名前は我が君に付けていただきました! どうしても思い浮かばなくて「助けて!」とメールしたのはこの卯月。ヘンな先生にしちゃってごめんなさいorz

イクヤさんとゴウダはその後、リリコさんに病人の介抱の仕方を教わったので今はもうふつうに対処出来ます。すくなくともイクヤさんは慣れたもの。アキちゃんは吸血鬼寄りの子なので、そんなにしょっちゅう体調は崩さないけど、いったん崩すとものすごく悪くなって一週間くらい寝こみます。おなじ混血でも、リリコさんは人間寄り。ていうかほとんど人間。若い頃はメイド服着てました。ドジっこ。

そしてこれさりげなく、ものすごくさりげなく、ずっと以前(去年の9月頃)ついったーで『フォロワーさんがくれたお題で小説書きます』と言った時に、海さまとりんごさまがくださったお題「金木犀・和」「大正ロマン」を盛り込んでみたつもりなんだけど、つもりがつもり以上になってないむしろつもり以下でごめんなさいうわああああああ[壁])≡サッ;;;

……卯月のお題消化力が弱すぎて泣ける。



とりあえず、つぎこそキリヤマさんが報われる話か、ゴウダが齧られる話を書きたい。←


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Comments

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我が君 : URL

2012.02.05 Sun 21:52

カネダさんしか出なかったんだ…。もっといい名前があっただろうに・・・(;´Д`)
ゴメンね(; ̄ー ̄A

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.02.05 Sun 21:56

我が君
カネダさんしか出なかったってことは彼はカネダさんになるべくして生まれたんだよ、きっと!
オッケーオッケーb 卯月あまりに名前思いつかなくて変なあだ名付けようかとか考えてたからむしろオッケー(笑)

ミズマ。 : URL

2012.02.06 Mon 08:05

朝起きて、ベッドの中で「闇の〜更新キター♪ヽ(´▽`)/」と確認したけど読んだのは電車の中とはこれいかに(笑)
朝は時間がないのだものー(つд;*)

おやっさん、……渋いなぁ。カッコイイなぁ。落ち着いたナイスミドルだなぁ。……書けそうにないなぁ^^;
サヨさん……芯の強い、良い女だなぁ。

リリコさん! おいなんだキリヤマさん、うまくやったな(笑)
リリコさんかわいい!
女子成分が増えたよ!(笑)

イクヤさんとゴウダくんの慌てっぷりにニヤニヤさせていただきましたm(__)m

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.02.06 Mon 22:09

ミズマ。さま
朝はね、時間ありませんよね(。´Д⊂)
卯月も毎朝ギリッギリまで寝ているので、所定の行動以外のイレギュラー要素が発生するとすぐに「時間、ヤバイ!」って状態になります。余裕? ナニソレ?www←
おやっさん、チョイ悪風にもっとチャラくしたかったのに卯月の力量のなさは如何ともしがたかったですorz 内面は落ち着いてるけど表面はチャラくしたかったけどチャラいおっさんの口調どこいった、みたいなw
サヨさんは、途中キリヤマさんのことを好きになったりしたのかなあ、とか、おやっさんのことどう思ってたのかなあ、とか考えると楽しかったです。
リリコさんにかわいいありがとうございます! 貴重な女子! 今時間だともう五十歳くらいだけど女子は女子! キリヤマさんはリリコさん可愛くってしかたなくって、外ではキリッとしてるのにお家だとリリコさんにデレデレになってればいいです(笑)
最後の方の時間は、たぶん前回の夜会のちょっとあと…くらいかな?と、思うわけですがとりあえずイクヤさんもゴウダもおちつけwwwっていう。その後、やって来たカネダ先生がひさしぶりの吸血鬼(混血だけど)の診断にテンション上がってハァハァしはじめてそれでまたイクヤさんとゴウダとひと悶着あったら楽しいな、とw

我が君 : URL

2012.02.10 Fri 07:49

今度は水疱瘡だよ!!( ノД`)インフルエンザで病院行ったとき貰ったみたいだ(T^T)

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.02.10 Fri 23:19

我が君
もうメールしてしまったあとだけれど(笑)
姫がはやく元気になるように―――――――――ーっ!(*゚Д゚)/ダーッ!

: URL

Edit  2012.02.10 Fri 23:26

おやっさーん!!
なんというナイスミドルぶり……ちょうカッコイイですね!!ナイスミドルとても好物げふごふ好きです。
アキちゃんのことであわあわ狼狽えるおふたりが(笑)。そのふたりに対するおやっさんのお父さんぶりにもにまにましました。みなさま揃って子煩悩ですね! キリヤマさんは執念の方ですね! リリコさんの猛攻にまた逃げ逃げなさってるおふたり(笑) リリコさんもサヨさんも素敵な女性ですね。
ラスト一行にしんみりとひたりつつ、それでは失礼致しました;;

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.02.12 Sun 16:12

祭 歌さま
ありがとうございまーすヽ(●´∀`)○´∀`)ノ
おやっさん、ちょっとナイスミドルにしすぎたかなあ…と、思いつつ。チョイ悪どこいった本当にw
イクヤさんとゴウダは、子育て経験値ゼロなうえ自分が体丈夫すぎて病気とかやったことないので、風邪の諸症状とか話には聞いていても実際目の前でグッタリされると「何事っ!?」ってなりました(笑) そしてキリヤマさんはいったい何年越しの想いかとw 最初の奥さんとも次の奥さんともふつうにラブラブさったので、リリコさんにサヨさんの影を求めているわけではない、と、思いますけどリリコさん顔はサヨさんに激似なのでふとしたときに既視感はあるかな? おやっさんも、サヨさんのことは気付いた時には終わっていた初恋なので、いい思い出という感じです。おそらく一番執念深いのはイクヤさん。やむなし、とはいえ、つねにサキさんを想い過ぎな感じが^-^;
そして「サキ」さんと「サヨ」さんが、名前に過ぎてて同じ画面上にふたり出すと空目する&打ち間違えることに気付きましたorz いまさら…;;;
受験等々でお忙しいところ、ご訪問&コメントありがとうございましたー!

朱鷺(shuro) : URL またまたお久しぶりです…

Edit  2014.08.02 Sat 11:28

なんと申しますか…
たま~にものすごく狂気のようにイクヤさん(と、サキさん)にお会いしたくなって、覗きに来てしまいます。
なので、正直、今回のこれは飛ばしても良いかな(^^; と思ったのですが、拝読いたしまして、ええ、なかなか素敵でした♪

サヨさん、サキさん。
なんか、切ないなぁ。

『きみと出会い、リリコと出会い、イクヤやゴウダと出会ったように。
 これからも誰かと出会って過ごすなら。

 長く生きるのも悪くはないさ。 』

↑これにはちょっとずっしり来ました。
この台詞は重い。
いや、違うな。
この言葉を吐くこと自体が、限りない悲しみを背負った者の本当の本音を言えない悲しみを表しているような気がして、ちょっと苦しかった。
生きることなんて、本当はただただ苦しくて辛くてのたうち回るような痛みしかないのに。
その中にほんの僅かに灯る「出会いの喜び」そして、「刹那の至福」それを味わう瞬間にすべてが相殺されることを知っているから永遠にも思える苦しい時間を必死に生きている。

なんだか、そんな思いの凝縮を観た気がいたしました…。

ではでは。
また忘れた頃にやってきます♪


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