Aries.

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2011.09.08 Thu 闇の眷族、みたいな、夜の散歩。

というわけで、ミズマ。さまにうちの吸血鬼でお話を書いていただきましたっ!ヾ(´∀`*)ノ

お許しをいただいたので、追記よりまるっと転載いたします。どどーん☆







   夜の散歩

 イクヤは夜の散歩が好きだ。
 四六時中付きまとってくるゴウダが眠ったあと、こっそりと天羅の屋敷を抜け出して、ひとりっきりでぶらぶらと歩き回るのが好きだった。
 冷たい夜の空気。
 昼間とは違った不思議な夜の匂い。
 ぽつりぽつりと灯った遠い街灯。
 まるで深い海の中を泳いでいるような気がしてくる。
 イクヤとゴウダが住む天羅の屋敷は街からすこし離なれた場所にある。ぐるりと深い針葉樹の森に囲まれたその洋館は、B級ホラー映画に出てきそうな雰囲気で、ゴウダなんて本気で怖がっている節がある。
(何年住んでんだよ、アイツ)
 振り返って屋敷を仰ぎ見れば、ぼんやりとした月の光に照らし出された古びた洋館は……ちょっと背筋がぞくりとする、かも知れない。
(いやいやいや)
 イクヤは首を振る。
(それ言うなら、オレそのものがホラーじゃんか)
 なんてったって、吸血鬼なんだから。
 イクヤは生粋の吸血鬼だ。しかも世界に唯一の生太刀でもある。
 それがどんなものか、まだ彼には分からない。ただ自分が『生太刀』であることしか知らない。だが養い親曰く、『なんだかすごいヤツ』らしい。
 とん、と大地を蹴る。
 少年の体は簡単に夜の空を跳ぶ。
 ふわりと針葉樹の太い枝に着地。その姿は実に自然で危なげない。それは唯人にはできない動き。
 散歩だからってただ歩くなんてつまらない。
 地を這うだけなんてまっぴらだ。
 普段は隠している吸血鬼の身体能力を使い、イクヤは自由に夜を散歩していた。
 他人に見せてはいけないと言われている力も、真夜中の森の中ならば十分に発揮しても問題はないだろう。
(ゴウダもなー、これぐらい出来りゃいいのに)
 ろくに運動も出来ないゴウダも、イクヤと同じ『なんだかすごいヤツ』らしい。
 そう天羅から聞かされたとき、イクヤは真顔で養い親に聞き返していた。
「あれで?」
「まぁそう言いなさんな」
 そう言って天羅は笑う。
「あと何年かしたら、おまえより全然強くなってるかも知れねぇぞ」
 まさかぁ、とイクヤは思う。
 あの弱虫ゴウダが?
(そもそも吸血鬼なのに夜寝てるってなんだよ)
 思い切り跳べば簡単に針葉樹の枝へと上がれる。それを何度も繰り返し、木の天辺へ。
(それでオレより強くなるって言われてもなぁ)
 そしてそこから飛び降りる。
 ざざざ、と耳の横で風と葉々が鳴る。
 太い枝のひとつに手を伸ばした。掴まり、足を掛け、イクヤはまた飛んだ。
 針葉樹の枝から枝へ。
 風を切り、葉々の間を抜けて。
 イクヤは夜の散歩が好きだ。
 吸血鬼としての力で夜の空を自由に駆ける、夜の散歩が好きだった。
 そして彼女と出逢ったのは、夜の散歩の最中だった。

 その日もぴょんぴょん木々の上を跳ね回っていた。
 天羅の屋敷はぐるりと針葉樹の森に囲まれていて、そうそう一般人は立ち寄らない。
 街から随分距離があり、隣に建つ建物からは車で十分ほどかかる。
 だから彼は油断していた。
 そもそも時間帯は真夜中も真夜中。
 草木も寝静まる時間帯。
 誰かに会う心配などないのだ。
 と、思っていた。
 だが。
 跳び上がり、跳び降りた矢先、彼の目の前にはオレンジ色の四角があった。
「ッ!」
 それは柔らかな光の漏れる窓で。
 だが怪しいフランス窓から漏れる光ではなく、その窓は無機質なアルミサッシ。
 つまり、気付かぬうちにイクヤは隣の敷地内までうかうかと入り込んでいたのだ。
(やべ……!)
 幾つもある窓のうち、明かりが漏れているのはイクヤが対面しているそのひとつのみ。真夜中なので当たり前か。だから素早く身を隠せば気付かれないはずだ。
「誰?」
 だった。
 イクヤが身を隠すよりも早く、窓の奥のカーテンが引かれた。
 現れたのは長い黒い髪と白い肌の女性。薄い水色のパジャマを着た彼女はイクヤよりも幾つか年上に見える。
 ばっちり、イクヤと目が合った。
 合ってしまった。
「……どーも」
 返事をしてから後悔。
(なんも言わずに逃げてりゃ、幽霊かと思ってもらえたかも知れないのに……!)
 なにしろここは木の上。相手がいるのは三階。
 どう考えても、異常な事態だ。
 相手も驚いた顔でこっちを見たきり、瞬きもしない。
 息もしてないんじゃないか、と心配になったイクヤは彼女の前でパタパタと手を振ってみせた。
「おーい、大丈夫か、アンタ?」
 すると彼女は大きく息をついた。
 肩を上下させ、呼吸を整え、ぴたりとイクヤを見る。
 ふわりと夜の風がふたりの間を通り抜けた。
 彼女の黒い髪が月の光を受けてきらきらと輝く。
「あなた、吸血鬼?」
 あんまりにも彼女の髪が輝くものだから、イクヤはうっかりその問いに頷いてしまっていた。
「そーだよ」
 答えた声は掠れていた。
(うわ、オレの馬鹿)
(なんでんなこと言っちまうんだよ!)
(適当に誤魔化さないと)
(おやっさんたちにバレたらうるさいぞ)
 様々な思いが脳裏を駆け巡る。だがそんなことよりも、イクヤは掠れた自分の声が彼女にちゃんと届いたかどうか、とても心配だった。
 心臓の鼓動がうるさい。
 彼女はイクヤの視線の中、月光の中で微笑んだ。
 息が止まりそうになる。
 そして彼女が言った言葉で、イクヤの息は本当に止まりかけた。
「私の血を吸ってくれないかしら」

「……はぁッ!?」
「あら、ダメなの?」
「いやいやいや、ダメとかじゃなくてさ。突然なんなの、いきなり?」
「そうね。突然だったわね。まずは自己紹介からかしら」
「いやいやいやいや!」
 枝の上でイクヤはずり落ちそうになるのをなんとか堪えていた。
 黒髪の君は、なんというか大層、
(……天然?)
「普通ないから。出会いがしらにいきなり血ぃ吸うとか。ないから!」
「でもお話の中だと」
「創作! それはただの作り話! 本当は滅多なことじゃ人間から血なんか吸わないし! 吸うにもいろいろ手順があるし!」
「そうなの」
 彼女は残念そうに俯いた。
 だから思わずイクヤは尋ねていた。
「なんでそんなに吸われたいの?」
「私の血があなたの中に入ったら、私はそこで永遠に生きれらるってことでしょ。それはとても素敵じゃないかしら」
「素敵、かなぁ」
「ええ、とっても素敵」
 熱っぽく頷く彼女。
 それはなんだかとても大事で、大切なことに思えて。
 だからイクヤは思わず口走っていた。
「いいよ、吸っても」
(オレの馬鹿ーッ!)
 内心で怒鳴っても後の祭り。
 口に出したことは取り消せない。
「本当に?」
 そう言った彼女の顔が満月みたいに輝いたので、イクヤには取り消すつもりもなくなっていた。

 パジャマの襟を肌蹴け、長い髪を左側に集めた彼女。
 月の光の下、その首元は光ってみえた。
「痛いのかしら」
 そう問う声は期待に溢れるばかりで、恐怖に震える影は少しも見えない。
 彼女は窓の桟に腰掛けたイクヤの前でイスに腰掛けていた。普段はただの犬歯にしか見えないイクヤのそれは、いまや鋭く尖っていた。
「どーだろ。吸われたことないし」
「吸ったことはあるの?」
「あ、あるよ」
(おやっさんが紹介してくれたひとを、だけど)
 イクヤは専ら吸血鬼用に精製された血液パックを飲んでいる。ごく稀に人間から直接吸血することもあるが、それは天羅がお膳立てしたもので、一人前になるための訓練みたいなものだ。吸われる側も吸われなれた、いわゆるプロだ。
(こーゆうのにプロとかあんのか?)
 ともかく、自分で決めて血を吸うのは生まれて初めてだった。
 緊張しないと言えば嘘になる。
 だというのに吸われる側の彼女は平然としていて、そのとにイクヤはなんだか腹が立った。
「吸われるの、初めて?」
(もしかして、あんなこと言って吸われなれたプロじゃないだろうな)
「初めてよ」
 彼女は何が可笑しいのか、クスクスと笑った。
「あなたに初めてをあげるわ」
 その顔は、首筋をこちらに向けるために伏せられていている。だから表所は読めなかったが、なんとなくからかわれているのはわかった。
 だからイクヤは彼女を引き寄せる。
 そしておもむろに白い肌に歯を突き立て、それを突き破ろうとして、躊躇う。
(……いいのかな、ホントに)
 肌理の細かい白い肌。口の中で、そのひんやりとした肌の中にある熱い血を感じる。
 どくんどくんと脈打って、それはイクヤを手招きしている気分にさせる。
 頭がくらくらしてきた。
 人間の血は吸ったことがある。
 ぶつりと刺して、溢れ出た血を吸う。それだけ。それだけで、別になんてことない。味だったら血液パックの方がすっきりしてて美味しいほどだ。
 だというのに。
 この感覚はなんだろう。
 焦るような、じれったいような。
 走り出したい。暴れたい。大声で叫びたくなる。
 でもイクヤは動けない。
 口の中にあめ玉を入れたときのような感じ。噛みたい。噛み砕いてしまいそうになる。でもそうしないでいるときのような。
 その白い肌の下には、美味しいものが潜んでいるんだろうか。
 どれほど美味しいんだろう。
 でも手が出せない。出したい。でも出したくない。
 ごくり、と喉が鳴った。
 手に力が篭る。
 ぎりぎりの均衡。
 それは彼女のか細い言葉にあっけなく破られる。
「お願い」
 誘われるようにしてイクヤの歯は彼女の白い肌へと食い込む。
 ぷつり、と瑞々しい肌が破けた音を彼は確かに聴いた。

 一言で言うと、すごかった。
 ものすごかった。
 彼女の血が一滴イクヤの口へと伝った瞬間、彼の脳は赤く焼き切れたようになった。
 理性ではなく本能が命じるままに、イクヤは彼女を啜った。
 むせ返るほどの若々しい血の匂い。うっとりするほど芳醇な味わい。
 脳の奥、体の底が痺れるような感覚。
 手を伸ばすと消えてしまいそうになる。名前もわかならい、形もわからない、だけどとても焦がれる感覚。
 それを見失いたくなくて、イクヤは血に没頭した。
「……ぅ」
 白い肌に開いた二つの穴。その周囲をぐりぐりと舌で押すと、たちまち新しい血が溢れてくる。彼の長い舌はそれを存分に嘗め尽くす。白い首筋に垂れていうとするその一滴でさえ、丁寧に。
 その度に白い肌が蠢いて、それだけでまた新しい血が流れ落ちる。
 舌だけでは足りなくなって、胸元へと流れていく赤い滴は指で丁寧になぞり、掬った。
 舌から口へ。口から喉へ。そして体の隅々まで、その赤い滴はイクヤの全てを満たす。温かいものがイクヤの全身を包む。
 イクヤの知らぬ母の手の中にいるようで、でもそれとは違うものの中にいるようで。
 温かく、優しく。
 だからこそ、ぎりぎりまで追い詰めてみたくなる。
 温かさが、優しさが、どこまで許されるのか知りたくなる。試してみたくなる。
 零れ落ちた滴を拭いながら、イクヤはどくどくと脈打つ傷口の上に唇をあてがう。
 それだけで白い肌とその下の血が震えるのがイクヤには解った。
 この暖かいものを全て、自分のものにしたい。
 苦しげに吐かれる息も、とくとくと小さく脈打つ鼓動も、弱々しく抵抗するようにイクヤに向けられた両手も。
(もうオレのだ、これは)
 強烈な支配欲が足先から頭の天辺までイクヤを貫く。
 誰も踏み入れたことのない、未踏の地へ分け入る興奮にも似た行為に、イクヤは完全に酔いしれた。
「う、……あぁ!」
 呻くように彼女の口から声が漏れたとき、イクヤは目が覚めたような気分を味わった。
(やべ、やりすぎた!)
 急いで傷口から口を離す。
 すると彼女ははぁ、と長く息を吐いた。
「ご、ごめん、オレ……」
 白い首筋には、いまや二つの穴がくっきりと開けられ、そこからはまだじわじわと血が滲んでいる。
 その色に、口の中に残る味に、そしてまだ脳をかすかに走る欲求に、イクヤはごくりと唾を飲んだ。
「いいの。大丈夫」
 そう言う彼女の肌はいまやしっとりと汗で濡れていて、随分と痛い思いをさせてしまったんだ、とイクヤに気付かせる。
(あ、そうだ)
「ごめん、ちょっと我慢して」
「?」
 イクヤは再び彼女の首筋に口を近付けた。
 びくり、と震える彼女。
 だが今度は歯を立てず、舌で彼女の肌を舐めるだけ。
 じわりと滲む血を掬うと、うずうずしたものが体の奥からせり上がってくるが、ここは我慢。
 穴の周囲を丹念に舐めると、次第に血は止まってきた。
「オレたちが、一生懸命、舐めると、傷の、治りが、早い、んだって」
「舐めながら言わないで。くすぐったいわ」
 くすくすと笑うと首筋が動くので、イクヤは思わず舌を噛みそうになった。
 傷が塞がるまで舐め終り、ようやく彼女の首筋から離れたイクヤ。
 そして唐突に思い出す。
「あ、そうだ。忘れてた」
「なあに?」
「吸われるときに痛くないように、人間にはコーコツジョータイになってもらわないとダメだったんだ」
「……」
「ごめん。やっぱし痛かったよな」
「大丈夫よ」
「ならいいけど。……でもさ」
「今度はなあに?」
「コーコツジョータイって、なに?」
 すると彼女はとても楽しそうに笑ったのだった。


 屋敷に戻ったイクヤを待っていたのは、チェシャ猫みたいな笑いだった。
「おーいおいおい、イクヤさんよ。その歳で真夜中に美少女とデートとはね、やるじゃんか」
 にやにや笑いながら顎をさする天羅が屋敷のまん前でイクヤを待ち受けてそう言ったのには、さすがの彼も腰を抜かすほどに驚いた。
「なんで知って……!」
「俺が知らないと思ってるおまえの方が驚きだわ」
 そう言うと、一発イクヤの頭に拳骨を落とした。
 ゴチン、とか、ゴーン、とかいう生易しいものではない。
「ドカン」
 というのが一番しっくりくる威力の拳骨を喰らって、イクヤは頭を押さえた。
「ってーッ!! なにすんだよッ!」
 目から星とか涙が出てくる。
 だが天羅は何も言わずに、くるりと向きを変えて屋敷の中へと戻っていった。
 頭を押さえ、涙目のイクヤはひとり、残される。
「なんなんだよ、一体……」


 天羅はお気に入りのソファにどさりと腰を下ろした。
 彼と同い歳の随分とアンティークなソファ。二人掛けだが、彼はその長い足の置き場を二人目の座る場所に乗せるのが常だ。
 今夜も同じような姿勢をとり、そして彼には珍しく
「はぁ」
 と深いため息をついた。
「あの馬鹿め……」
「どういたしますか?」
 そう問いかけてきたのは天羅の側らにいつも控えている秘書だった。影と同化するのが素晴らしく上手く、その理由だけで天羅は長らく彼を側に置いていた。
「そうだなぁ。……とりあえずあちらには多額の寄付金を。治療法も探してやれ。催眠の上手いヤツを手配して、件の少女を処理しとけ」
 矢継ぎ早に指示を下し、そして言いよどむ。
「あとは……あの馬鹿か」
「躾が必要では」
 だが天羅は頭を振る。
「いんや。殴ったし、大丈夫だろ。……若いよなぁ。激情のままに吸血ってさー。しかも出逢ったばっかの美少女とだってよ。おじさん、うらやましぃ」
 ソファの上で身を捩らせる天羅。その光景にも、秘書たる彼は表情を崩さない。
 だから天羅も居住まいを正す。コホン、咳払い。
「なにかあれば、おまえが処断しろ」
「畏まりました」
 恭しく頭を下げる影。
「そんで、俺には濃いワインを」
「いけません」
「ブランデーでもいいよ」
「いけません」
「ウィスキー」
「いけません」
「じゃあビールでもいいからさ!」
「奥方様方より、肝臓の数値が平常に戻るまではくれぐれも御館様がアルコールをお召しにならないように気を配れと言いつかっております」
「おまえの主人は誰だ!」
「御館様です。ですが、それとこれとは違いますので」
「酷いぞ!」
「結構でございます。他にはなにか、ありますでしょうか?」
「……このまま俺のひとり寂しい夜を過ごせと言い放つおまえには、特にない」
「結構でございます」
「どこがだ!」
「では、失礼致します」
「……おまえと、時々話しが噛み合わなくなるのはどうしてなんだろーな」


 それからイクヤは何度か夜の散歩に出た。あの建物の側へ行ったが、何度窓を覗きこんでも彼女はいなかった。
 それから彼はだんだんとその建物に近付かなくなり、夜の散歩自体をしなくなっていた。
 彼女のことは、なぜかゴウダにも誰にも言えなかった。しばらくは鮮明な感情を伴っていて、まるでそこにいるかのように何度も思い起こされた。彼の大事な秘密。
 だが次第にそれはまるで夢の中の出来事のように、大事で大切な思い出となっていった。
 その建物が総合病院であることと、そこに入院している患者が揃って重い病を抱えていることを知るのは、彼がその屋敷を出た後のことだった。


                         Eat me! 了。


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