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2012.06.02 Sat 闇の眷族、みたいな、はじめての家出編その10。

思えば遠くへ来たものだ――というわけで、完結のその10!











「やっぱり行かない」
 えぇっ!? お姉さんたちが揃って声を上げる。あの人は笑っている。
 そうなるといくら誘われても、文句を言われても、あの人はいつものようにへらへらといなすばかりで、お姉さんたちの根気が尽きるまで、それほど時間はかからなかった。
「釣れたと思ったのになあっ!」
「悪いね。時間潰したくてさ」
「まだ待ってるつもりなのー? ばかじゃない?」
「ばかだろ? しかも俺けっこうオッサンだぜ? きみら、次はもっと若いやつ釣れよ」
「余計なお世話だっつうの!」
「あきらめたらあたしらのとこにおいでよー、今日は向こうの店で遊ぶ予定だから。場所わかる?」
「わかるけど行かないわ」
「ほんっとに待ってる気だし! 忠犬か!」
 飼い主見かけたら教えてあげるよ、顔わかんないけど、じゃあね、バイバイ――あの人が適当に笑ってひらひら手を振るから、お姉さんたちも適当なことを言ってその場を離れていく。楽しそうにおしゃべりしながら歩いて行く彼女たちを、あの人は見送らなかった。
 さっきまで笑っていたのがうそみたいに、口をつぐんで、手元に視線を落としている。
 その手のひらにあるのは、携帯端末だろうか。
 わたしの手のなかの電話は鳴らない。
 あの人は端末を操作しないまま、視線をあげて、高いところを見るでもなく眺めた。猫背になって、ぼうっとしている。通り過ぎるひとたちからちらちらと視線が向けられていることに、気付いているのか、いないのか。
 こっちを向いてくれるといいのに。
 そう思いながら、携帯電話を開く。着信履歴から選んで発信した。
 ほどなく、雑踏にまぎれて聞きなれた着信音。
 あの人はすぐに持っていた端末を見下ろして――ためらうような間をおき、指先で端末を操作した。
 あの人が端末を耳にあてがうのと同じように自分の電話を耳に寄せる。
「――もしもし」
 言うと、あの人はすこしだけ顔を上げた。振り向きかけたようにも見えた。猫背になっている背中もわずかに伸びた。けれど、それだけ。
 見つめる先であの人は正面を向いたまま。
 沈黙している。
 わたしの声は、たぶん、電話越しでなくても聞こえているだろう。かすかにでも。このくらいの距離なら聞こえるはずだ。
「イクヤさん」
 怒るだろうか。喜ぶだろうか。呆れるだろうか。安心するだろうか。
 期待と不安がいりまじる。
 沈黙はしばらく続き、けれどその隙間を埋めるための言葉もなく見つめる先で、ふいに彼のくちびるが動いた。
『あのね、』
 聞き馴染んだ声が、ほっとする慕わしい口調で。
『晩飯にカレーを作ってみたんだけど。じゃがいも、ちいさく切りすぎて。溶けちゃったんだ。ひさしぶりにやるとダメね。味見したけどうまくない。でも、食べられないこともないよ。たぶん。ご飯はちゃんと炊けてるし、あっためればすぐに食べられる』
「食べていないんですか」
『ひとりじゃ食べきれないから』
 苦笑するようにそう言った。
 会話が途切れる。街の音がする。
「どうして――」
 振り向かない横顔に、つながらない視線に、距離を置いて聞こえる声に、いまなら訊ける気がした。あれからずっと、そんなふうにしていたなら。ふたり分の食事を作っていたなら。どうして。
「迎えに来てくれないんですか」
 彼は笑う。
 よわよわしく笑う。
『俺が迎えに行ったら、アキちゃんは、いっしょに帰ってくれる?』
 そんなふうに――。
 確かめなければならないのは、不安だからだ。不安なのは信じられないからだ。信じられないのは、なにか理由があるからだ。
 うしろめたくて、自信がなくて、不安になるわたしとおなじに。
 彼にも理由があるのかもしれない。
 生太刀だからと。あるいは他にも、それ以外の。
 迎えに行ってもどうしようもないかもしれないと、不安になるだけの理由があるのかもしれない。ゴウダさんはそれを知っているのかもしれない。だから大丈夫だと言ったのかもしれない。わたしはそれを知らないけれど。
 でも。
 それでも、こんなに、こんなに、こんなにも、あなたを――。
 その先にうずまく感情はよくわからない。
 ただ、彼がわたしを心配してくれるかと訊ねた時に、わざわざ訊くのかとカネダ先生が言ったわけはなんとなくわかったし、ヒフミさんの言った通り、わたしはすごく困っているのだと思う。イクヤくんはダメだねえ。大人なのにね。いまならあの言葉にもうなずける。甘やかすとつけ上がるからな。まったく、カイさんの言うとおりだ。
 雑踏ばかり拾っている通話を切って、携帯電話を握りしめる。
 人波をかまわず横切って歩み寄った。
 目の前で立ち止まって、無言のまま見つめて、ようやく彼が振り向く。曖昧な表情で。じっと向けられる青い目をおなじように見返した。
 そのうちに、何気なく伸びてきた手がわたしの手をとる。
 彼の視線が落ちて、様子をうかがうようにつないだ手を見つめているから、わたしは言った。先手を打って。
「帰りますよ」
 今日はとてもつまらないケンカをした。
 そもそもケンカにもなっていなかっただろうし、だから謝りようもなくて困ってしまう。些細なことだった。本当に。結局こうして手をつないで。
 気が抜けたようにへらりと笑う彼が、いつものように迎えてくれればそれで充分なのだから。つまらないケンカをした。
「おかえり、アキちゃん」
 ともかくもまずは美味しくないカレーをふたりで食べて。
 ちゃんと家に帰ったことを、みんなに知らせておかなくちゃ――と、思う。










というわけで、その10を書くにあたってカレーのじゃがいもは溶けるものなのかどうか母上にそれとなくお伺いを立て「溶ける――けど、どうしたの急に?」と聞かれて返答に窮したのはこの卯月です。卯月がお話書いてることは母も承知なわけだけど、まさか作中の台詞の裏付けとりたくて質問しましたとか恥ずかしくて言えぬ……っ!/// そしてイクヤさんはじゃがいもをどんだけ細かく刻んでどんだけぼーっとして煮込んだのかと。

アキちゃんは、好きなひとには束縛されたいタイプなのかもしれないなあと思った、家出編。

つかまえていてほしいし、迎えに来てほしいアキちゃんに対して、どこに行ってもいいけどできれば戻って来てそばにいてほしいイクヤさんっていう、微妙にマッチしない組み合わせのふたり。今時間のイクヤさんは来る者を選び去る者は追わずしかし帰りを待つ男です。まだるっこしいな!(酷。

ちなみに、ゴウダは好きな相手がいなくなったら考えるより先に大慌てで探しにいって見つけた瞬間ふと冷静になったらいろいろ考えちゃって目の前にいるのにどうしていいのかわからず手を伸ばしたりひっこめたり、土壇場でオロオロするタイプ。

どこにいてもなにをしてもどうなったとしても、僕のものはずーっと僕のもの、というのがカヤ兄です。もうこれ病んでるとか独占欲うんぬんではなく単純にマイペース極まってるだけなんじゃないかと最近思ってきたカヤ兄(笑、えぬ……!)



できれば、つぎはおとしまえ編を書きたいなあと思わなくもないんだ。←


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Comments

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たぬ : URL

2012.06.02 Sat 18:08

>アキちゃんは、好きなひとには束縛されたいタイプなのかもしれないなあと思った、家出編。

え、じゃ、じゃぁアキちゃんはイクヤさんルートでいいの??
イクヤさん推しの私としては、最近出番少なくて心配だったんだよねぇ(笑)

まどろっこしいとこも含めてイクヤさんLOVEだから(/∀\*))❤

我が君 : URL 腹が立って眠れない(-_-#)

2012.06.03 Sun 03:53

アキちゃん…。ダメ男好きになるタイプ…に教育されてる気がww
私、アキちゃんとゴウダ派なんだけどなぁ…。
イクヤさんばっかり恋が実るなんてズルイ!!ゴウダにも幸せをあげてぇー!!www

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.06.03 Sun 13:28

たぬさま
イクヤさんはね、あのひと視点で書くとね、もうね、すきあらばサキさんのこと考え始めるからなんかうざいなってげふげふ他のキャラも掘り下げなくちゃ! と、思って☆←
現時点でイクヤさん株大暴落でフルボッコ状態だから、たぬさまが安定して推してくれてるとイクヤさん救われるわwww や、卯月もイクヤさん好きだし、アキちゃんルートイクヤさんEDもちゃんとあるから大丈夫だよ!(もうなにがなんの話だか、笑w)

我が君
コメントのタイトルから吹いたwwwww ゴメン、イクヤさんが安眠妨害してゴメンwwwwwwwwww
アキちゃん、幼少期は混血ということで酷い迫害を受け、そこから助けて守ってくれたのがよりにもよってカヤ兄で、その後、保護して世話してくれてるのがよりにもよってイクヤさんっていう、もうこれはダメ男好きになるしかない流れだなあと今思った!← でも大丈夫! そのうち男を見る目も肥えるはずだから! きっと! あとホントにゴウダいまのところ恋愛成就してなくてかわいそうだって気付いた!←

: URL

Edit  2012.06.03 Sun 15:03

最終回のイクヤさんをアキちゃん目線で読んで、なんだかイクヤさん、どうしようもないけど可愛いひとだなあ、と思ってしまって自分の心をたいそう疑っております。いやいやいやいやフェアリーの方が可愛らしいはず! ふと冷静になるゴウダさんをとても拝見しとうございます。
しかし一番男前なのはアキちゃんなので、は……! うじうじ帰りを待って待って待って帰ってきた男にほっと笑う女、仕方ないなと許す男。みたいnげふごふすみません!
そんな彼らと正反対なカヤ兄はほんとポジティブですねwwwwww

あっ、調子に乗ってイクヤさんのお洋服考えてたんですがどうしてもイクヤさんはアロハシャツだろとばかり考えてしまい、それなら沖縄柄の(ヤーさん的な派手な)Tシャツに夜露死苦と書かれているのとかどうですかすみません本当に失礼致しました!(逃走)

ミズマ。 : URL

2012.06.03 Sun 17:44

歌さんのコメント拝読して、
「……あー、確かにイクヤさんを表現するなら可愛いだなぁ」
と、少し納得しました。ダメな男は可愛い。←

今回のエンカウントは電車の中じゃなかったよおおおおお!!!♪ヽ( ´ ∇ ` )ノ ←またそれか。

イクヤおまえカレーなんぞ作って待ってたのかよおまえ。たぶんあれだな、アキちゃんが出て行っちゃって、しばらく平然と雑誌とか見ながら日常を装いつつ(誰にだよ)内心では愕然として焦ってて、そんでふと思いついて、「ご飯、作ろ」とか呟いて、きっと帰ってきたらお腹減ってるだろうし、でも本当に帰ってくるのかなでも……とか延々と考えながら野菜切ってたら小さくなっちゃって、煮込んだら溶けて、カレー作り終わったらやることなくなっちゃって、手持無沙汰になっちゃって、テーブルの上に置きっぱなしだったケータイ見てもうんともすんとも言ってなくって、でも自分から電話とかメールをすることもできなくて、だから表に出て、看板に寄りかかって、ずっと飼い主の帰りを待ってた……。

……と、まあ脳内で「そのころイクヤさんは」というのが走馬灯のように駆け巡ったんですけれど……いや、ま、うん、可愛いんですけど。やっぱアキちゃんのこと考えると殴りたくなってくるね(*^-^)ニコ
誰か巨大なハリセンを貸して下さい。←

家出編、全編に渡って大層ニヤニヤさせていただいてどうもありがとうございました。イクヤさんのダメっぷりがすごい浮彫りになったとかなんとか、いろいろありますけれどもwww
おとしまえ編、楽しみです!!

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.06.03 Sun 22:58

祭 歌さま
>うじうじ帰りを待って待って待って帰ってきた男にほっと笑う女、仕方ないなと許す男。
その10のアキちゃんとイクヤさん、性別逆転させても全然違和感がないですねヤバいくらいにwwwww 正ヒーローの名誉挽回するつもりがヒロインの男っぷりが上がっただけというwwwww
ゴウダは一生懸命探して、見つけた直後にうんうん悩みはじめて、最終的に――どうするのでしょう? いまだと悩んだ結果やはりここで俺なんかが迎えに行かないのが彼女の幸せかもしれないという結論にいたりまわれ右して帰ろうとしたところをイクヤさんにうしろから「お前マジウゼェいいから行けって!」と蹴られてアキちゃんの目の前に飛び出しちゃって、とかそんな具合かもしれません。イクヤさん、自分のことは大体棚上げ(笑) ゴウダもうちょっと成長すればちゃんと自分で決めて迎えに行ける子になるって信じてる!←
そしてド派手なイクヤさんのアロハシャツwwwww どこで買ったんだろうwwwww ありがとうございます! いただきですっ☆


お姉さま
>「そのころイクヤさんは」
的中でありますwwwww 日常を装いつつ(誰にだよ)内心では愕然として、とか、ホントおまえ誰向けに装ってるんだよ、と。ヘタレなので自分に対しても虚勢張ってないとわりと簡単に心折れちゃうのかもしれない。たぶん、何回かうっかり癖でアキちゃんに話かけちゃって、でも当然振り向いた先にアキちゃんはおらず、そのたびに自爆ダメージ喰らっていたと思われ……うん、安定のヘタレっぷり♪( ´Д`)=○ )`ъ')・:'.,
とりあえずイクヤさんはヘタレ系カッコ可愛いダメ男、という属性でいいのか正ヒーロー!? と、思ったりwwwww そろそろイクヤさんのカッコイイ話を書いてあげるべきなのかもしれない。あの人がガチカッコ良くなると物語が終わる気もしますが(笑)
ニヤニヤありがとうございましたー! 調子こいて新キャラ出したりお姉さまにいただいたキャラ出したり10回も更新したりしましたが、卯月も楽しかったでーすヾ(´∀`*)ノ おとしまえ編、と、カネダ先生とヴァシリーサさんのイチャらぶ、と、カヤ兄と愉快な仲間達……どれから書こうか悩み中、です。←

: 管理人のみ閲覧できます

2012.06.04 Mon 11:27

このコメントは管理人のみ閲覧できます

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.06.04 Mon 22:37

美紗さま
>片腕に座らせるように抱き上げるの図
……(´Д`).∴カハッ/// や、やばいです、それはすごく攻撃力の高い構図……卯月、その抱っこの仕方がいちばん萌えるのですわぁああああああああっ/// そうなったらアキラさんの頭に抱きついて自分から頬ずりしておいて「おヒゲが痛いー!www」とか言いたいですわぁあああああ///(妄想による自爆) 先生は、両脇に手つっこんでそのまま↑上↑に持ちあげる感じで、そこからちょっと困ってアキラさんに視線をやり、「なってねぇな、先生」って笑われたりするといいなあとかすみません妄想が;; 先生、小さい子どもの扱いは不慣れそうなイメージがあったりします。
>やたら細かい賽の目
気付いた時にはまな板のうえに大量の極小賽の目じゃがいもがあってぅわあコレどーしよまあいいやもう、ってドバドバって入れたら案の定溶けちゃってルーがやたら重いし若干焦げたし、みたいな(笑)
すきあらばほかの人のこと考えちゃうのは、いま目の前にいる相手が、なんだかんだ言っても、よそ事考えててもそばにいてくれるー、と思ってるからなのかなあと思いつつ。その油断が命取りだよイクヤさんしっかり!とw

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