Aries.

Home > 小話 > 闇の眷族、みたいな、幸福のありよう。

2012.08.11 Sat 闇の眷族、みたいな、幸福のありよう。

なんだか題名が小難しそうなのはタイトルに詰んでそられしい単語を羅列したせいでsげふげふ←



闇の眷族なんぞや? という方は、こちらをどうぞ、と、もう気軽にオススメできないくらい小話やら設定やら書いてるなあ、と思ったり。本文は追記からどうぞ。(※ただしゲロ注意)









 安いアパートの、なにもない部屋だった。ぼろだったけれど、そなえつけの台所と、風呂とトイレがあるから上等だとサキは笑った。大家はそっけない老婆で、金払いさえよければこちらの事情になど関心ないようだった。たしかに上等なすみかだと思った。
 なにがなくても、だれがいなくても、サキさえこの腕のなかにいてくれれば、それだけでよかった。しあわせだった。充分に満たされた。
 サキはあたたかくて、やわらかで、甘いにおいがした。
 しあわせだった。
 ぼろで小汚い安アパートの、なんの変哲もないふたり住まいのせまい部屋でも、そこにサキさえいてくれたなら、どこよりも完璧な、天国みたいで、しあわせだった。
 しあわせだった。
 しあわせだった――たしかに。
 だから俺は覚えている。この光景を、憶えている。
 夏だ。
 アスファルトにかげろうが立ち、逃げ水が足元を這う、夏の日だった。
 シンクといわず床といわず、散乱したつくりかけの食事からたちのぼる腐敗臭の分厚さに、視界が歪むようだった。荒らされた部屋のなか。ひと気の失せて久しい静寂を無遠慮に押しやって、部屋のすみの置き電話が留守電に残るメッセージを繰り返す。何回も何回も何回も。やめてくれ。何回も何回も何回も。下卑た嘲笑と泣き叫ぶ声、悲鳴なのか嬌声なのか。何回も何回も何回も。繰り返される。やめてくれ。もう、もう――。
 やめてくれ、憶えているから。
 忘れたりしないから。
 俺はたしかにしあわせだった。
 これ以上はない。きみしかいない。
 愛してるよサキ。
 だから、もう――。

「――ねえ、イクヤ」

 声が聞えた。キスをして抱きあいながら、よくそうしていたように、耳元で囁く。微笑んで、笑い含みに。サキが。

「おなかすいた?」

 血袋のなかみが溢れるように、その姿がどろりと崩れる。それから。
 それから――。





 ――夜だった。
 喉が渇く。
 押し殺して、それでも荒く乱れた自分の呼吸が、静かな部屋のなかを這うように響いていた。灯りはない。視界はカーテンの隙間から細く射し込む月光でじゅうぶん保たれていた。夜目が利いている。眠っていなかったのか。喉が渇く。
 喉が渇く。
 月明かりに浮かぶ首筋が見える。
 細い。
 なめらかなはずのその肌に、いくつも重なる噛み痕が浅い影を刻みつけ、輪郭をぼこぼこと歪に見せていた。腕も脚もこんなふうだ。昼間は隠しているけれど。夜だから。気が抜けて、薄着になっている。安心して。
 眠っている。
 少女の首をあばいて、俺は、なにをしようとした――?
 喉が渇く。
 喉が渇く。
 ぐらぐらと目眩がする。
 鼻が利きすぎて、呼吸するごと胸の奥までいっぱいになった。
 汗に混じった、甘く。甘く。重い。
 血の匂い。
(ねえ、イクヤ――)
 喉が渇く。
 アキちゃん。お願いだから、そのまま朝まで眠っていてくれ。
 祈るように思いながらその場を離れ、部屋を出る。揺れる視界に足元をすくわれそうになって、何度もつまづき、洗面所に入った頃にはもう立っていられなかった。洗面台の端に手をついて身体を支え、顔を上げられないまま、もう片手で壁際の棚を漁る。ひどい物音だ。ドアを閉めればよかった。あの子が聞きつけるかもしれない。
 頼むから、目を覚まさないで。
 喉が渇く喉が渇く喉が渇く喉が渇く――。
 指先が薬瓶に触れた。
 近くのものが落ちるのもかまわず瓶をたぐりよせる。蓋を開けるのももどかしい。薬品の臭いが鼻につく。むしり取った蓋を投げやり、仰向けた口に錠剤を流しこむ。
 砂利でも噛んでいるようだ。
 ひりついた喉に薬を通して、むりやり嚥下しようとすると、胃の底がよじれるように痙攣した。後ろ頭から頭蓋を掴まれて引っぺがされるような不快感といっしょに、腹の中身がせり上がってくる。水を。蛇口に手をかけたあたりで限界だった。
「――ぅ、え……っえ、は、あ、……ッ」
 そういえば、今日は夕飯は食べなかったんだ。
 ずるずる座りこみながら、益体もなく思い出す。手つかずの料理はラップをかけてテーブルのうえ。朝までそのまま残しておけば、あの子が心配するにちがいないから、夜のうちに食べてしまおうと思っていたのに。
 床に転がった薬瓶を拾い上げるのもひどく億劫だ。
 渇いた喉が胃液に焼けて気持ち悪い。
 あたりもずいぶんちらかっているだろう。たしかめようにも、目の奥が刺すように痛んで、瞼を閉じると涙がたまっているのに気付いた。手足が震える。背筋を立てていられなくなる。口の端から吐息が漏れる。
「あ、ハハ……ど、しよ、かな――……」
 喉が渇く。
 薬なんかもう効かない。気休めに縋ろうにも、このありさまで。
 いっそあのまま、あの子の首を噛み裂いていれば楽になれたのか。傷痕の残る肌を食い破って。溢れる血を啜り、暴れる身体を抱きしめて――。
 ――サキ。
 今日はすこしだけいい日だよ。俺はこんなで、だいぶイカレちゃったけど。
 きみに会えた、ひさしぶりに。
 まぼろしでも錯覚でもなんだっていいんだ。
 きみに会えた。会えたから。
 愛してるよ、サキ。
(ねえ――)

「――イクヤさんっ!」

 ついに見つかった。思いながら顔を上げる。
 一瞬、目がくらんだのは、あの子が照明をつけたせいで、すがめて霞んだ視界にうっすらと姿が見えた。あわてて寄ってこようとするから、どうにか笑う。実際には、たぶん、口がすこし歪んだ程度だ。
「ご、め……きたな、い、から、来ちゃだめ、よー……」
 ひゅうひゅう喉を鳴らして咳き込みながらやっと言ったのに、すぐさま涙声で叱り飛ばされた。蛇口から水の流れる音。口元から首から胸から、濡れたタオルで乱暴に拭われる。そのあいだにも声が聞こえた。電話をかけているらしい。
 大丈夫です。すぐにゴウダさんが来てくれます。大丈夫。大丈夫ですよ。
 泣きだしそうな声が遠くなったり近くなったりして聞こえる。あの子はすぐそばにいるから、こちらの意識があやしくなってるのだと思う。にごった視界もぐらぐらと狭く閉じそうになる。ふいに抱きしめられたのは、倒れそうになったからか。
 ちいさな肩が震えている。
 華奢な両手で力いっぱい服の背中を掴まえて、全身で支えてくれながら、だいじょうぶだいじょうぶとくりかえしていた。途切れ途切れに洟をすする嗚咽がまじる。泣いているのか。見下ろせば無防備にさらけだされた後ろ首が視界をかすめた。
 喉が渇く。
(ねえ、イクヤ)
(おなかすいた?)
 いますぐこの首を噛み裂いて、肌を食い破って、血を啜って――。
 それよりもこの子を泣きやませたい。
 頭を撫でて、背中をさすって、大丈夫だと言ってあげられるなら、どんなにか楽になれるだろう。俺なんかほうっておけばいいのに。泣かなくていいのに。
 ごめんねアキちゃん。
 本当は、もっと上手に守ってあげたいけれど。ちゃんと出来なくて。泣かせてしまって。こわがらせて。どうすればいいのか、わからなくて。
 ――ごめんね。

 俺はサキがいてしあわせだった。あれ以上はもう望まない。
 だから、もしもこの先に、まだ、俺のしあわせがすこしだけでもあるのだとしたら、ひとつ残さず、みんな、この子のものになればいい。
 アキちゃん。

 きみの幸福を願うよ。












イクヤさんの薬はカネダ先生謹製で、吸血衝動抑制する作用があったり。プラス、造血と即効性の睡眠導入効果があるのがイクヤさん仕様。うちの吸血鬼たちは、吸血しない状態が続くと、かわりに自分の血液を消費しはじめます。イクヤさんはかなり末期。なんでこのひと生きてるんだろう?(おい、

吸血衝動の大きな波をやりすごそうとして意識が混濁してぶっ倒れるたびに、カネダ先生のとこに担ぎこまれて胃に直で血液流しこまれてどうにか保ってる、状態だけど、本人は不本意だからその後しばらく機嫌悪いんだろうなあ。と、思ったり。悪いどころか暴れるよね。あぶないから一時的に視神経麻痺させる投薬されてそう。それでもカネダ先生じゃ止められないから、ゴウダとか、ゴウダがいない時にはほかの純血のだれかが派遣されて、イクヤさん押さえこまれるんだろうなあ。時間が経って冷静になったところで、アキちゃんに心配かけてることに思いいたってヘコめばいい。ベコベコにヘコめばいい。

イクヤさんはサキさんがいると本当にしあわせそう。

アキちゃんのことはすごく可愛いと思ってる。しあわせには出来ない、と、思ってるから、せめてひどいことはしないようにしようって、思ってる。空回ってるけど。アキちゃんに対して柔らかい女口調になるのはその一環。

アキちゃんは、たぶん、意識混濁したイクヤさんが噛みつこうとしてたの、気付いてたのかもしれない。目が覚めたらパジャマの襟があいてたわけだし。噛まれるのはこわいけどイクヤさんが元気になるならそっちのほうがいい、と、思うアキちゃんは好きなひとをお腹いっぱいにさせてあげたい系女子。ハンパない女子力。

駆けつけたゴウダはアキちゃんが泣いててギョッとするわ、イクヤさんが虫の息で気絶しちゃってギョッとするわ、大変そうだなあ。ゴウダがんばれ。



とりあえず、イクヤさんをげーげーさせたい欲求が解消されたので、つぎは家出おとしまえ編がんばりたい! 明るく! 明るく!(と、思うのに、どんどんシリアスになるんだよねえ。汗)


関連記事
スポンサーサイト



Comments

name
comment
ミズマ。 : URL

2012.08.11 Sat 13:05

……休みの日なのにね、どうして朔ちゃんの話とエンカウントするのは電車の中なんだろうね?www

いやぁ、ニヤニヤさせていただきました!
イクヤさん、本格的に病んでますねd(^-^)
サキさんの最期とか、改めて読むと凄惨で、でもそれを思って悲しみとか怒りとかを覚えるより強く、サキさんに逢えて嬉しいと思うイクヤさん病んでる!!

サキさんはイクヤさんがアキちゃんに対してそう思うように、彼の幸せを願っているとは思うんですけど、それ以上にイクヤさんへの独占欲が強そうだなぁ。死してなお。
サキさんが夢枕で「いつまでもウジウジしてんな。ウジ虫か、おまえは!しっかりアキちゃん守らんかい!(意訳)」ってイクヤさんに言ったら、それだけで立ち直りそうな予感がするぐらいに病んでますね。
アキちゃんへは、「うちのイクヤをよろしく」とか言いながらも内心は嫉妬で焦がれんばかりなんだろーなぁ、サキさんは。
そしてゴウダには「さっさとアキちゃんにアタック!アピール!」と背を押しそうです。やっぱりイクヤさんが他所にとられるのは気にくわないサキさん。

この話のキーパーソンはサキさんなんだなぁ。死してなお強いなぁ、サキさん。


……って、なんだかサキさんの妄想になってしまいました^^;
ゲロったイクヤさん、夕飯食べてなくて良かったね! 後片付けが楽チンだね!←
よくこんな面倒くさい男になついたなぁ、アキちゃん←
そしてオロオロと登場するゴウダくんが安定のフェアリーヽ(´▽`)/


今回も楽しませていただきました! 次も楽しみ!←

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.08.12 Sun 00:18

お姉さま
イクヤさん病んでます! おもいっきり病んでます! アキちゃんはヤンデレを寄せ付けるフェロモンでもだしてるのか(笑)
イクヤさん、サキさんのことは、当時感情振り切れて、直接の加害者プラス無関係な地祇の血族をひと家族まるっとアレしちゃって、その後しばらく茫然自失におちいってから、おやっさんのそばを離れてひとりふらふらとやけくそな生活を送って、そんな期間を経てアキちゃんを拾ってまっとうな暮らしに戻って、なので、サキさんがいなくなって十数年経過してて感覚がいろいろ麻痺してる、のかもしれないなあと思います。ふっと思い出した時には、まず、愛しさと恋しさと申し訳なさでいっぱいになる。そこに何かきっかけがあれば、いつでも当時と同じに憤怒とか憎悪とか滾ると思われ――その流れで生太刀無双できれば展開的にはベストだよね、と←
そしてお姉さまが卯月が書こうとしてまだ書いてない、イクヤさんに対するサキさんの情念を正確に読み取り&想像補完していてこわいー! お姉さま、おそろしい子……!ガクブル
サキさんもイクヤさんのこと大好きすぎるくらい大好きなのに、対応はつねにドSなんですよね。ウジ虫www 言いそうwwwww サキさんは、イクヤさんにとっても、ゴウダにとっても、それまでの人生とか価値観を変えさせるような、革命的な女性だったので、強いです。いなくなってしまったから余計に。
ライバルは強大だよ、アキちゃん。がんばれ!
しかし本当に、アキちゃんどーしてこんな面倒くさい男になついちゃったんだろうw せめてゴウダなら良かったのにwww
次も、お休み中に載せられると、いい……なあ!(希望的観測)

たぬ : URL

2012.08.12 Sun 01:37

サキさんが永遠に奪われたあの日からイクヤさんの時間は止まったままだけど、消えないサキさんの甘いささやきと最後の留守電メッセージがやけに生々しくて印象的だった。いい意味で怖いよ、これ。
イクヤさんにとってサキさんはずっと特別ではあったけど、その死が特別を絶対にしてしまったんだろうと思う。
アキちゃんを大事にしたいと思いながら、サキさんの亡霊に取りつかれてぶっちゃけ自分のことでいっぱいいっぱい。ほんとへたれ…orz
とことん空回りでKYな彼を誰か1発殴ってください!!
今、まさに執筆途中の朔ちゃんの思いが時空を超えて届いた気がした。
私はここまで来ても断然イクヤさんルート希望だけど正直ここからの未来が見えない、笑
サキさん、強いなぁ…ほんと敵は強大だよ、アキちゃん。頑張れ。

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.08.12 Sun 15:03

たぬさま
>正直ここからの未来が見えない、笑
やはりイクヤさんルートのトゥルーEDはDEADなのかなwwwww 恋シミュ設定にするなら、ヒロインはアキちゃんとべつにいて、顔立ちがサキさんにそっくりな人間の女性で、必然的にその部分を意識しまくるイクヤさんは最初ツン状態でイライラしてるから、第一イベントはヒロインがなにか気に障ること言っちゃって壁ドンで迫られるんじゃないかなー?(笑)
そして、序盤こわいって言ってもらえて嬉しい卯月(*≧∪≦) イクヤさん、意識が衰弱して過去の記憶がフラッシュバックする時は、自責の念による幻覚みたいなのとごっちゃになって、あの調子。時間止めたままサキさんのほうを見つめて後ろ歩きで前進してるような感じだから、ホントもう、いい加減だれかアイツ殴れとw
イクヤさんもうすっかりヘタレの印象になってるから(笑) 中学生くらいの時のまだこわいものを知らなくて俺最強状態だった時の様子とか、書いてみたい気持ちがあるw

我が君 : URL

2012.08.14 Tue 12:54

なんだか、上手く感想がかけないわ。
イクヤさんのサキさんへの想いが強すぎて、苦しいね。アキちゃん、『オレにしとけよ!!』風に、ゴウダにしとけよ!!
この話を読んで、アキちゃんは将来介護系の仕事が合うんじゃないかと思うwww

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2012.08.14 Tue 22:06

我が君
ありがとー! 卯月もそろそろ気軽に楽しめるコメディパート書きたいなあ、て、思った(お前は;
イクヤさんは、サキさんに対する愛情がちょっと狂愛的だっていう自覚はなんとなくでもあると思うんだけど、歯止めが効かなくて、そのせいでいつかアキちゃんを傷つけるんじゃないかって心配なんだけど、さびしいから決定的に遠ざけることもできなくて、申し訳ない――って、思ってるような気がする。あいかわらずヘタレorz
卯月も、アキちゃんには「ゴウダにしとけよ!」って、力強く言いたい!(o゚Д゚)ノダーッ!
そしてアキちゃんに介護系職業、うん、いいかもしれない。すでにイクヤさんの介護はじまってるし、看護師さんとかいいかもしれない。アキちゃん×白衣=かわいい!(最終的にそこかw

comment form

Trackback

FC2Blog User

  1. Trackback