Aries.

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2013.02.03 Sun 闇の眷族、みたいな、愛妻の日。

ちなみに、愛妻の日は1/31なのであります! 卯月がそれを知ったのは1/30だったので間に合うはずもなかったのであります!(;д;)

でも書いたから載せるよ←










 天羅血族では純々血の面々にさえ悪鬼羅刹のごとく畏れられるキリヤマも人の子である。
 『人』といってももちろん人間ではないが、赤い血の通った生き物という広義において人間も大始祖の同族も似たようなものだ。
 しかし銀縁の鬼、スーツを着た悪魔、地獄の底から生まれた男、いやさ地獄のほうがだいぶマシ――等々、キリヤマに対する悪口じみた雷名はとどろきついでに「じつは青い血が流れてるんだ、俺の彼女の弟のダチの連れが確かに見たらしい」「満月の夜になると牙が六本になって口から突き出すって知り合いの知り合いがだれかに聞いたと言っている」「目が真っ赤に光るのさ!」「そりゃ同族はみんなそうだよ」と、もはや胡散臭い都市伝説の域に達していた。
 総領補佐として続く家系の現当主であり、名実ともに当代天羅の右腕とはいえ、数代前から「眷属まじり」の純血であるところのキリヤマが、何よりも血の濃さに傾倒するきらいのある同族のなかでこれほど恐怖されているのは何故か――いつかだれかが、もしくは数年おきにだれかがキリヤマの旧知に訊ねたところ。
「あ――……どォしても知りてェってンなら、隠してるわけじゃねェからな、教えてやッけど……世のなかにゃ、知らねェままでイイこともあると思うぜ?」
 などと意味深に言うため、それ以上つっこんだ者はいまだかつて一人もいない。
 また、ある日むかしで言うところの行儀見習いとして本邸で仕事を学ぶ天羅傍系の青年が、上司兼教育係兼兄貴分でもある同族最強の万禍識にこんな質問をした。
「兄貴、失礼なのは重々承知っす。だから怒らねえで聞いてくださいよ……ちょっと前から気になって眠れなくなってンすけど、兄貴でも、キリヤマの兄さんのカミナリは恐えモンすか?」
「……」
 万禍識はあえて答えなかったが、世界が滅びるよりもさらにおそろしいことが今すぐ起こりそうな表情だった、と、のちにその場を目撃しただれもが証言している。
「私もキリヤマくんはこわいからね! へたすると大集会でサンジェルマンの隣の席になった時よりも、キリヤマくんの眼鏡が光って目が見えない時のほうが肝が冷える!」
「総領(アンタ)はそれじゃダメだろ、おっさん……」
「きみだって始祖血統のひとりとして、キリヤマくんに頭が上がらないのはどうなんだい。従弟(いとこ)殿?」
「……その呼び方ヤメろッつってンだろ。帰ンぞ。俺ァ世迷言に付き合えるほど暇してるワケじゃねェ」
「ユリくんならうちの坊主に預けてきたと言っていたじゃないか。心配ないだろう? あいかわらずの過保護だね」
「生太刀に預けたンじゃねェよ、クソガキはチビに任せて来たンだ。大体、生太刀(アレ)がいっしょにいる時点ですでに安全じゃねーだろォが。――つか、べつに心配してねェし」
「ツンデレかい? やあ、さすがに年頃の女の子といるだけあって、従弟殿は若づくりに余念がない!」
「ふざけてンならマジで帰ンぞ!」
「きみ、うるさいですよ」
 ごッ――、と骨のぶつかる良い音がした。
 文明開化華やかなりし頃の洋館めいた造りの一室、部屋の隅からおろおろと成り行きを見守っていたゴウダが蒼褪めて硬直し、ヒロが息を飲んで顔を覆うその先で、キリヤマの頭突きを鼻面にもらったカイが声もなくのけぞった。ちなみに、わざわざ襟首を掴んで振り向かせてからの頭突きである。
 総領の衣装チェックをしているメイドたちも一瞬ぎょっとして手を止めるなか、今夜の夜会用のスーツに袖を通したかけたままの天羅だけがいかさま愉快げに笑っていた。
 よろめくカイを眼鏡越しに睥睨し、キリヤマは眉を片方だけ吊り上げながら言う。
「下にはもう到着したお客様もいらっしゃるんです、静かになさい。恥ずかしい。そんなにギャンギャン騒いで主張しなくても、あなたがワンちゃんなのはよく知っています」
「てっめェ……だれのせいで俺がこんな窮屈な格好させられてッと思って……!」
 鼻を覆ってうめくカイは、じつに珍しいことに、清潔ながら年季の入ったコックコートではなく、彼が世話する少女が聞けば絶叫しそうなほど値の張るスーツ姿だ。もっとも、アムリタの少女ユリは既製品のリクルートスーツとそれの違いを察せるはずもなく、先頃諸事情により修繕改築された自宅でもよおしたお食事会で、うっかり生太刀といっしょにシャンパンコールをする羽目になった時には、不用心にもジュースの入ったグラスを持ってスーツを着たカイの周りで楽しげに小躍りしていた。
 ともあれ、夜会に駆り出されるとなればコックコートで厨房にいるはずのカイが、かしこまった正装で天羅のそばにいるのにはもちろんわけがある。
 それを質すようにきつく睨めつけてくる薄青い氷色の目に、キリヤマは灰色の目は眇めて鼻を鳴らした。
「だれのせいと言えばきみのせいじゃないんですか? 強要はしませんが、せっかく血だけは無駄に濃いんですから、厳密にははぐれ者で生太刀やゴウダくんの存在で霞んでいるとはいえ冷静に考えればそこそこ厄介な身の上のあなたを預かってくださっている御館様にすくなくとも人並みの恩義を感じているなら、奥で芋の皮むきばかりしていないでたまには矢面で体を張りなさい。強要はしませんが。血族の客分だからといって甘やかしませんよ。うちは万年人手不足ですからね。使えるものならコンビニ弁当の割り箸に付属している爪楊枝まで使います。強要はしませんが」
「そンだけ言ッといて強要しねェもナニもねえだろスカシ眼鏡! おっさんにゃ感謝してるがてめェに言われる筋合いじゃねェし、そもそもてめェが使えてりゃ俺がおっさんの付き人みてえな真似、する必要ねェンだよ。てめェが使えてりゃァな! つーか俺の話を聞け!」
「聞いていますが?」
「ケータイいじりながら言いがかりの説教かましてンじゃねェっつってンだッ!」
 長広舌の途中から神速の指さばきで携帯端末のタッチパネルを操作しはじめ、顔も上げないキリヤマに向けてカイが吠える。その手が人間ではけしてありえない速度で伸び、端末を取り上げようとしたが、キリヤマもまた文字通り人間離れした反射速度で躱しつつさらに二、三度指先でパネルを操作した。
 そして――。
「ひょいひょい小器用に避けてンじゃねェぞ横暴スカシめ、」
「うるさいですよ静かになさい」
「ガッ――!?」
 キリヤマは持っていた端末の端を向かってくるカイの額に挿し込むように叩きつけた。ついにゴウダの顔から一切の血の気が失せ、ヒロは両手で完全に目を覆い隠す。
 鮮やかなカウンターだった。
「ひとがたいへん重大な私用の連絡をしている時に、邪魔をしないでください。空気の読めないひとですね」
「……この、堂々と私用とかほざいてンじゃねェよ……クソが……っ!」
 額を抑えてうずくまりそうになるのを、片膝に手をついてどうにかこらえたカイが憎々しげに低くうめく。
「さあ、ふたりともそのへんにしたまえ」
 袖を通して確認が終わった上着をメイドに返しながら、天羅はにこやかに手を打った。
「さすがにカイくんが本気になると屋敷がもたないぞ? うちの坊主とヒロくんも震えあがっているじゃないか。――キリヤマくん」
「はい、御館様」
「今日はもう帰りなさい」
「は――いえ、」
 振り向いて居住まいを正し、いつものように首肯しかけたキリヤマは、ぎょっとしてまじまじと天羅を見た。
 今夜の夜会は、総領を招いてこそいないものの、総領に準じる他血族の実力者が幾人もやって来ることになっている。今頃はそれら客人を、下でサカザキが出迎えているはずだ。あと数時間、日が落ちはじめれば夜会もはじまる。
「申し訳ありません……気がたるんでいたようです、もうこのような」
「あー、いやいや。怒っているわけじゃないよ、私は」
 頭を下げかけるキリヤマを軽く制して、天羅は苦笑しつつ続ける。
「まあね、仕事中に私用のメールをガンガン送りまくっているのは、一般的な常識に照らし合わせてもどうかとは思うが。キリヤマくんには日頃無理をさせている。今日くらいは大目に見ようじゃないか。だから、もう帰りなさい。――リリコくんが心配だろう?」
「御館様……」
「なあに、今日の残りの一日くらい、きみがいなくてもどうにかなる。こうしてカイくんにも来てもらったんだからね。うちの坊主と合わせれば、ハッタリは充分だ。実務ならサカザキもいる。それにヒロくん、意外に使いでがあるからね。大丈夫だ」
「ッス! 兄さんの代わりはムリっすけど、全力で務めさせてもらいます!」
 隅で縮こまっていたヒロが、弾かれたように顔を上げ、チンピラじみた仕草で勢いよく一礼した。そのとなりで蒼くなっていたゴウダも、子どものように何度もうなずいて見せる。
「あ、の、俺も……ちゃんとやります……から。キリヤマさんは、リリコさんと……いっしょにいてあげて、ください」
「ガキどもがやる気になってンだ。役立たずはさっさと帰れ」
 まだすこし赤みの残る額から手をはなし、背筋を伸ばしながらカイはぶっきらぼうな口調で、視線を外しながら言った。
「出る前に厨房に寄れ。サイハラに受け取りに来たって言え。ポットの中身を鍋にうつして火にかけて卵落とすぐれェなら、出来ンだろ。――リリコに食わせてやれよ」
「……きみ、本当に料理のことだけは抜け目ないですね」
「てめェは礼のひとつもまともに言えねェのか、あァ……?」
 眉間をしわ寄せ、凄んで見せるカイだが、すぐにチッと舌打ちしてまたあらぬ方へ目を反らした。こんなこともあろうかと、事前に滋養のあるスープか何かを作って準備していたのが気恥ずかしいのだろう。
 ふっと表情を緩めかけたキリヤマの手のなかで、携帯端末が数度震えた。メールの着信を知らせている。
 キリヤマはちらりと端末へ目をやり、それから天羅へ向き直ると深く頭を下げた。
「御館様、たいへん申し訳ありません。お言葉に甘えて……本日は、これで」
「うん。きみも、気をつけて帰りなさい」
 にこにこ笑みながら、手を振っても見せる天羅に背を向けて、キリヤマは退室した。
 しつけよく礼をとって見送るメイドのまえでドアが閉まり、足音が遠ざかってから、カイが言う。
「なァ、おっさんよォ」
「なにかな?」
「ところでアレ……リリコは、なンだ、病気か?」
「風邪をこじらせたそうだよ」
 あっさり答える天羅に向けて、カイは「はァッ!?」と、思わず声を裏返した。
「風邪って、オイ、まるで大病みてェに深刻な感じだったじゃねェか! 風邪って!」
「やあ、でもほら、風邪もこじらせると命にかかわると聞くからね。我々はめったに患わないから、どの程度かわからないが」
「そらそうだけどよ……マジか、そンだけのためにヒフミにリリコの様子を逐一連絡させてたのか、あのクソ眼鏡……腹ァ立ち過ぎて意味がわからねェ……」
 解脱した表情を浮かべるカイだが、足元の床を中心にビキビキと嫌な家鳴りが聞こえはじめている。苛立ちまぎれに力場の圧が高まりすぎているらしい。当人があまりにも無関心なために血族内でも忘れられがちになっているものの、カイは当代天羅の従弟――すなわち大始祖直系の始祖血統、総領にもなれる血筋の身だ。その気になればこの屋敷の床くらいは震脚ひとつで屋根ごと全面落とせるのである。
 カイの剣呑さにふたたびおろおろしはじめるゴウダと、何かトラウマでもあるのか背中を壁にめり込ませんばかりに後ずさりしたヒロを尻目に、天羅は「ははは」と暢気に笑った。
「まあまあ、おちつきたまえ。カイくんだって、ユリくんが熱を出すとしばらく調子が狂うんじゃないか?」
「ンなこたねェよ」
「おやー? サガラさんに聞いている話とちがうなあ?」
「あ、の、じ、じ、い……ッ」
「――今日は大目に見てやってくれたまえ」
 だけどよ、言いさしたカイは、天羅を見ると眉間のしわをわずかに深め、やり場のない呼気を舌打ちで逃がした。天羅が浮かべた、困っているような、ひどく案じているような、そんな表情を誤魔化すための苦笑のわけなら、カイも知っている。
「……わかった。今日だけだぜ」
 リリコは三人目だ。

 キリヤマの、三人目の妻だ。



   ***



 一人目はノスフェラトゥの純々血、二百も年上の女性だった。
 もともと先代天羅の伴侶のひとりだった彼女は、先代亡きあとも生家に戻らず、他の総領に嫁ぐこともなく、未亡人として過ごしていた。そんな時に、当時はまだ健在だった両親にどうかと願われ、縁談を受けてくれたのだ。明るいひとで、初めて会ったときには窓辺で微笑む姿が貴婦人の肖像画のようだったのを憶えている。
 それからほどなく子どもが出来た。
 こちらは眷属まじりとはいえ、彼女は純々血で、まさかあんなに早く子どもに恵まれるとはだれも思っていなかった。奇跡のようだった。
 その奇跡の代償にか彼女は体を弱らせ、産褥を離れることなく息を引き取った。
 二人目は片親がウピルの眷属だというサンジェルマンの純血の娘。同い年だった。
 そのせいもあって、一人目の妻とはそんな空気にさえなったことのない夫婦喧嘩を何度もやった。彼女は気が強く遠慮もなく、言いかえれば裏表のない性格で、優しいところもあり、どんなに派手な喧嘩をしてもそれほど険悪にはならなかった。
 二人目の子どもも生まれ、すくすくと育つのを楽しみにしていた彼女も、けれどそのうち病を発し、子どもの六歳の誕生日を待たず亡くなった。
 長くつれあうのは、だからリリコがはじめてだ。
 初恋のひとの血筋で、そのうえ天羅の血族でもある。混血のリリコの告白を一度はつっぱね、洟まで垂らして泣きじゃくらせたのは、もう二十年ほど前のことだ。
「――……、あら?」
 二人寝するための広いベッドで、寝具に埋もれるように眠っていたリリコは、すっと瞼を開いて目覚めるなり不思議そうに首をかしげた。
「ちょっと眠るつもりでしたのに。あなたが帰っているなら、わたし……三日くらい寝坊してしまったかしら?」
「そんな寝坊はヒフミが許しませんよ。まだ今日です」
「そうですねえ」
 枕に頬を埋めるように、リリコは首をすくめながらふふっと笑う。その声には張りがなく、喉は掠れて、瞳も熱っぽく潤んでいるものの、表情の明るさにほっとした。
「御館様がお許しくださったので、夜会はすっぽかしてきたんです」
 ベッドサイドの椅子に腰かけ、片手を握ったまま、リリコの肩から落ちそうになっている布団の端を引き上げてやる。リリコは「まあまあ」と苦笑した。
「ただの風邪だから大丈夫です、と言いましたのに……旦那様がお困りになっていらっしゃいませんか? あとはどなたがいらっしゃるのです? まさか、ゴウダぼっちゃまおひとりなんてこと……」
「大丈夫ですよ。カイが来ていますからね」
「まあ、料理長にまでご迷惑を――」
 どうしましょう、と、ますます困り顔になるリリコは、若い頃には本邸でメイドをしていた。御館様を「旦那様」、ゴウダと生太刀を「ぼっちゃま」、カイのことを「料理長」と呼ぶのはその頃の名残だ。だから、今日の夜会の規模がどの程度なのかも、想像ではなくはっきりとわかっている。
 向こうにいるあいだは気が気でなく、いても立ってもいられずに帰ってきてしまったが、こうして咳き込みながらも本邸に残っている面々を気遣って眉尻を下げるリリコの様子を見ていると、苦笑いするしかない。
「あきれましたか?」
 訊ねればリリコは困惑顔で、
「嬉しすぎて申し訳ないのですわ。本当に、どうしましょう……?」
 などと返してくるから参ってしまう。
「どうもしなくていいですよ。たまには甘やかされてくださいね。愛妻家の夫だと見直してもらえれば助かります」
「これ以上甘やかされると、お仕事に行かせたくなくなるから困りますよ?」
「毎朝おいしい食事で引きとめてください」
「毎日帰ってきてくださるの?」
「痛いところをつきますね」
「甘やかされなさいとおっしゃるから」
 熱を含んだリリコの頬を撫でながら、顔を見合わせて笑み交わす。
「心配なさらなくても――」
 手のひらに頬を寄せて、リリコが言った。
「リリコは、お仕事をがんばるあなたを好きになったのですから。さびしくない、とは、言えないのですけれど……しあわせですわ。だから、心配なさらないで」
「……、はい」
「それにリリコは丈夫が取り柄だと、むかしから言っていますでしょう? 風邪くらいへっちゃらです。すぐに元気になります」
「そうでしたね」
 同族と人間の混血は、人間に比べればはるかに丈夫だ。
 しかし年に一、二度はひどく体調を崩すようになっている。原因はさだかでなく、異種の血が混じり合っていることに無理があるのだという俗説が現状もっとも有力だが、そうだとしても同族の血による頑強さと治癒力の高さから数日安静にしていれば快方する――ということは、もちろん知っていた。実際にリリコが重篤になったためしはない。
 けれど、臥せっている姿を見ればどうしても、先立った二人の妻のことを思い出す。
 万が一、万が一と考え出せばほかのことなど意識していられなくなる。
 リリコは混血でも、同族の血は薄い。ほとんど人間と変わりないと言っていいほどだ。いまでは髪には白いものが混ざりはじめ、触れあった手肌の感触も、左手に光る指輪を嵌めてやった頃とはあきらかに違っている。混血の寿命はおおよそ百年。けれどおそらく、リリコのそれもまた、人間と大差ないのだろう。
 何年経とうと、彼女が本邸のお仕着せ姿で楽しげに立ち働いていたあの頃から、この愛は変わらないのに。
「私も……元気なあなたが好きですよ。リリコさん」
「はい」
 握っていた彼女の手を口元に寄せてつぶやけば、リリコはくすぐったそう笑いながらうなずいた。抱きしめて口づけたい。そう思う。
 しかし――。
「だめだと言っているだろう、ハル! ナツ! ああっ、もう――!」
「「うーるーさ―――――いっ!」」
 外からそんな大声が聞こえたと思うが早いか、寝室のドアが勢いよく開き、どたどたと息子たちがなだれ込んできた。乱入しようとする末弟ふたりをなんとか止めようとしていた長男が押しつぶされそうになって、たまらずドアを開けたらしい。
「ごめんなさい、お父さん……お母さん……」
 姿こそ小学校に通う子どものようだが、人間ならばすでに老境にかかるヒフミはさすがに夫婦の機微が読めている。ずり落ちそうな眼鏡の奥で、母親譲りの目を申し訳なさそうに伏せていた。
 わかっていないのは末の双子だ。
「ナツキ、ハルキ。何事ですか、騒々しい。お母さんは病気だぞ。静かになさい」
「「もうずっと静かにしてたし! 寝込んでるお母さんとイチャついてた父さんには言われたくねえし!」」
 ……わかっていないかと思えば子どもなりに察していたらしい。
 起き上がろうとするリリコの背中を支えてやっているうちに、ナツキとハルキは揃ってベッドのそばに寄ってくる。ハルキは両手でお盆を持っていた。その上にはほこほこと湯気のたつ食器が載っている。
「「お母さん、カイさんがつくってくれたスープ、あっためてきた。美味しそうだよ。飲める?」」
「ありがとう。すごくいい匂いねえ……あなた、料理長にもなにかお礼をさしあげないと」
「カイが料理をするのは趣味です。気にする必要はありません」
「まあ」
「「お母さん、お母さん、ほら。フーフーした。あーんして、あーん」」
「まあまあ」
 恥ずかしがりながらも、リリコは息子たちが差し出すスープに口をつけて満足そうに笑った。ベッドの端に腰かけて代わる代わるスープを掬っているナツキとハルキは、病人を相手にしているとは思えないほど騒がしくしゃべっているが、リリコが楽しそうだから、大目に見てやることにしよう。
 やれやれ、と代わりにため息を落としてくれたのはヒフミだった。
「すこし前にカイさんから連絡がありました。お父さんに伝言で」
「どうしました?」
「本邸の連中が鬼の攪乱に付き合わされンなしのびねェから、そのまま二、三日(チ)、リリコに面倒見てもらえ。こっちは心配ねェ――だ、そうです。総領もお許しくださっているから、と」
 カイの口調を真似ながらヒフミが目を細くして笑うのを見、つられて苦笑する。
「まったく……顔に似合わずお節介なんですからね」
 休暇の埋め合わせとスープの礼に、珍しい食材でも取り寄せようか。もちろんしばらく日にちを置いて。ついでの時に。そんなことを考えていると、廊下の向こうからまた足音が近づいてきた。
 最初に顔を見せたのは三男坊。
「――あ、お父さん。戻ってたんですね。おかえりなさい。お母さん、具合は?」
 カネダ先生から薬を預かってきましたよ、と声をかけながら、双子のいるベッドサイドに回り込むツクモに続いて、開けっ放しのドアの端から遠慮がちに顔を見せるのは次男坊だ。
 家を出て、趣味を仕事にカメラマンをしているイロハが帰ってくるのは珍しい。
「イロハ、おかえり」
 ヒフミが声をかけてやると、イロハは寝室の様子をうかがいながら小声で。
「お、おう……ただいま……」
「そんなところに立っていないで、お入りなさい。開けたままだと部屋が冷えるだろう」
「や、兄貴、それは……ちょっと様子見に来ただけ、つか……」
「――あら?」
 それまで双子とツクモを相手に談笑していたリリコがふいに上げた声に、イロハの肩がびくりと揺れた。
 振り向いたリリコはそれにおかまいなく破顔して、
「イロハちゃ」
「あっ! あああああ俺っ、その、下! 片付けてくるわ! 台所食器溜まってンだろ、洗濯とか、片付けてくるわ!」
 言うなり身をひるがえし、慌てっぷりもあらわな足音を立ててイロハは飛ぶような速さで一階へ降りていった。その背をしばらく見送ってからリリコを見ると、彼女はイロハの態度に不思議顔だ。
 けれど、すぐにまた機嫌よく表情をほころばせる。
 彼女の視線がこちらに向けられていることに気づいて、見返すと、リリコは何も言わずに笑みを深めるだけだった。その後ろではツクモが食後の薬を用意していて、スープの最後の一掬いをどちらが母親に飲ませるかで言い争う双子の仲裁に割って入ろうとしていたヒフミが、階下から聞こえてきた洗濯機の不穏な回転音とイロハの悲鳴にため息を吐く。
 旧友が気を利かせてくれた休暇のあいだも、我が家はおそらくこの調子だろう。
 せっかくできた時間を、もう少しふたりきりで過ごしたかった――というのが本音だが。
 彼女が嬉しそうなら、それがなにより重畳だ。

「みんな揃うとにぎやかですねえ」
「これは騒がしいと言うんですよ、リリコさん」










愛妻ネタ小話のはずなのにカイさんがキリヤマさんに八つ当たりされる展開で全体の半分使ったとかなぜだ!?щ(゚ロ゚щ) 情緒不安定なキリヤマさんのそばにカイさんをおくと、カイさんがとっても大変みたいです。

ちなみにリリコさんはイクヤさんやゴウダが相手だともっとこう、鉄板なメイド口調っぽい「~でございますか」とか「~でございますよ」とか、そんな感じ。おやっさんの過去話で登場した時みたいな口調。なんだけどさすがに家のなかでまでそんなしゃべり方はしないはずだよなあって。でも結局デスマス夫婦だった。キリヤマ家は口調のデスマス率が高い家。

キリヤマさんチの兄弟は、ヒフミお兄ちゃんは最初の奥さんの子どもで兄弟のなかじゃ一番血が濃い。イロハお兄ちゃんは二番目の奥さんの子どもで血の濃さも二番目。三番目のツクモお兄ちゃんと末っ子の双子はリリコさんの子どもで、血の濃さは双子>ツクモお兄ちゃん。ツクモお兄ちゃんはリリコさん似で、双子はキリヤマさん似。ヒフミお兄ちゃんとイロハお兄ちゃんもそれぞれお母さん似だから、血は繋がってるのに面白いくらい顔の似てない兄弟。だったりする。

キリヤマさんが休みの間は、カイさんがピンチヒッターに入るのかな? あの眼鏡にしばらく休暇くれてやれよって言い出したのカイさんぽいから、責任とって代打に立ちそうな気がする。今回、イクヤさんチでアキちゃんとお留守番中のユリちゃんは、カイさんが珍しくいい服着て出かけてったから、ちょっとソワソワして待ってたりすると可愛いなー、と思うわけです。ユリちゃんは可愛いヒロインだよ!(*≧∪≦)

ちなみにサガラさん誰ぞ?っていう方は、こちらをご一読くださいませ。カイユリは萌え!←

そして今回、おやっさんとヒロくんの口調が迷子になったとき、お姉さまのお宅に駆け込んだのはだれあろう卯月です。今回どころかいつも口調が迷子になるとぅわあああって駆け込んでおります。闇眷(という省略をたぬさまが考案してくれた)はお姉さまとの合作で間違いないっていうか諸々において大変お世話になっております<(_ _*)>深々。


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Comments

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ミズマ。 : URL

2013.02.03 Sun 15:03

カイさん、スーツゥッ!!!キャー ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃 キャー
……でもどうしてだろう、コックコート姿のが似合っている予感がするのは(^_^;)

カイさん、リリコさんが伏せってるって知ってて、甘んじてキリヤマさんの八つ当たり受けやすいようにふるまってる……考えすぎですね、ハイ。
それにしても、頭突きはともかく(え)、ケータイは痛い……。ガ、って、痛いよ、痛いよぉ……!

愛妻の日……あー、そんなこともあった、ような。ううむ、まったくのスルーをしておりましたなぁ。
余裕のないキリヤマさんが微笑ましいですねぇw
ってか、リリコさんかわいい。ある程度年齢を重ねたリリコさん、初々しくキリヤマさんに突撃していたリリコさんも、そりゃあ当然かわいかったのですけれど、今のリリコさんも別の良さがありますなぁ。ユリちゃんと引き合わせて、「……なんか、お母さんみたい」と照れさせてあげたい← そんなこと言ったらキリヤマさんから養子縁組のお誘いとヒフミお兄ちゃんから求婚とかされるんだろーなぁ。で、「あァ?」と凄むカイさんにリリコさんが「女の子って、良いですよねぇ」とか言ってしまったりして四面楚歌な感じになれば良いと思うの!!

あとカイさんの「血統良し!」アピールありがとうございます。うん、血統書付きでチャンピオン犬の子供ぐらいに良血統だものね、カイさん!
……私、将来ハスキー犬飼ったら、カイって名前付けるんだ←

キリヤマ家の面々がお母さん中心できゃっきゃうふふで楽しいです(〃▽〃) そしてイロハお兄ちゃんがかわいい。いつかリリコ母さんと二人っきりというシチュの話が読みたい、です、朔ちゃんッ!!щ(゚ロ゚щ)

しっかしキリヤマさん不在+カイさん参加のパーティは荒れそ……いや、一応礼儀作法もろもろは全て叩き込まれてるカイさんだから、如才なく務めるか。その姿をユリちゃんが見たら、たぶん指さして大笑いすると思うのだけどw
そしてたぶん、今日の働きでヒロくんが意外にも使えることを知って、カイさんは彼を見直すんじゃないかって思いましたw

サガラおじいちゃん、出演どうもです!
そして、そしてですよ、朔ちゃん。
厨房にいるサイハラさん! サイハラさん! この人コックさんですよねッ!? つまりはカイさんの弟子ですよねッ! カイさんとカイさんの弟子で小話書いてやろうかと考えていた時期が私にもありましたッヽ( ´ ∇ ` )ノ
サイハラさんの設定、あるようでしたら教えてほしいよ、朔ちゃんッ!!!

真城 青瑛 : URL

2013.02.03 Sun 19:38

キリヤマさんの躊躇無い八つ当たりに、文面を三度ほど読み直しました

キリヤマ夫婦いいですねー、和みます
リリコさん、家族に愛されてるなぁ

幸せな団欒のキリヤマ家にビデオカメラ持って突撃する許可ください

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2013.02.04 Mon 14:15

お姉さま
カイさんスーツです! 褐色肌なので髪の色に合わせたシルバーグレーのスーツに黒いシルクシャツとかキャー ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃 キャー
ちなみに卯月のなかではこのオーダーメイドスーツ、クウちゃんが贈ってよこしたものという設定になっています(*`・ω・´)キリッ←おまえ勝手に… でもクウちゃん、お兄ちゃんのサイズいつ測ったんだろうねー? 眼力?(笑)

>八つ当たり
そういえば今回、カイさんやけに絡むなーって思ってたので、もしかするとカイさんホントにキリヤマさんが当たりやすいようにしていた! のかもしれない!←
カイさん、いつのまにか負け癖がついちゃってたり、振り回されて消化器系にキてそうだったりですけど、これもきっとカイさんの包容力が尋常じゃないせいだって卯月は思うのです! おおかたのことはガッシリ受け止めてくれそうなんですよ、カイさん! 大好きです! 隙あらば愛を叫びたいカイさん!

>イロハお兄ちゃんがリリコ母さんと二人っきり
気まずいwww おもに一方的にイロハお兄ちゃんが気まずくてひどい顔になってそうwwwww ヒフミお兄ちゃんが図書館から帰ってきたら泣きそうな顔で出迎えそうなイロハお兄ちゃん。挙動不審だけどリリコさんはまったく気づいてくれません☆ キリヤマ家男子に対してリリコさんは無双状態。

闇眷を書くにあたって必然的に発生してくる同一キャラの年代ごとの書き分け、結構楽しいですヾ(´∀`*)ノ 書き分けられているかどうか、は、ともかく(笑) カイさん、キリヤマさんやヒフミさんはがんばって撃退できても、リリコさんに口説かれたら困っちゃいそうですねえ。四面楚歌、うんうんw でもユリちゃんを手放すのはぐぬぬ……とか、なってくれるといいです! その過程で自分の独占欲に気づいたりなんかして、恋愛段階がひとつ進めばいいというのがカイユリ恋愛ED推奨委員会の意向であります!w

>キリヤマさん不在+カイさん参加のパーティ
実家であらゆる英才教育を受けているカイさんなので、きっと如才なく務めてくれるって信じてます! ……けど、たぶんおやっさんの奥さんたちに「カイ! 次はあっち! 挨拶しつつ隣に立って!」「はァ? アレにゃもう挨拶済ンでっけど」「いいから! じゃあ何かてきとうに話して! とにかく、隣に、立って! できれば鼻が触れ合うくらいまで自然に近づいて!」「近ェよッ、不自然さしかねェだろォが!」そしてロージー嬢が壁際でひとに見せられないスケッチ描きまくってるはず(笑)

>サイハラさん
設定は「カイさんに憧れて料理人になった」「でも味オンチ」「鍋釜を預けるとほぼ100%焦がす」「だから万年皮むき&皿洗いの雑用くん」「でも包丁持たせたらすごい」「飾り切りとかマジですごい」「しかし絶望的なまでのドジッこ」「結局雑用」「料理は本当に大好き」「だからカイさんにはわりと可愛がられているのかもしれない」イメージなんですけど、性別とか年齢とか、吸血鬼なのか混血なのか人間なのかとか、具体的な設定はないのでした( -д-;)ゞ

>カイさんとカイさんの弟子で小話
サイハラさんの存在はあざやかにスルーしていただいても構いませんのよ!バーン!(突然の貴婦人。
星座待機したいけどでも卯月がこれ以上星座するとお姉さまのご負担に……ぬぬぬ……!(*≧д≦)


真城 青瑛さま
>幸せな団欒のキリヤマ家にビデオカメラ持って突撃する許可ください
――よしっ、行きましょう!(撮影機材を抱えながら。

三回も読み直してくださってありがとうございますwww ええ、キリヤマさん鬼の攪乱です(笑)
カイさんとはなんだかんだでダチ友なんだよ! という卯月の認識から、カイさんがそばにいるとタガが外れたように八つ当たりしはじめて「わあああああキリヤマさんわあああ;;;」でしたw

キリヤマ家はお母さん大好き一家なので! 愛妻の日なのに最終的に+マザコンの日っていうwww
つぎの休日には夫婦でデートでもすればいいとおもいます! 爆発しろー!(笑)

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