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2013.03.08 Fri 闇の眷族、みたいな――埋没する世界の中で。 その8

歌さまのお題サイト50題に挑戦、シリアスなのも暗いのも苦手な方はスルーして大丈夫な安心設計「雨の日に猫を拾った話」、15回くらいになる予感しかしない!(汗)










   ***



 街に着いたら、まずは服を買って着替えよう。それから遊ぶ場所を探して、適当な遊び相手もひっかけて、いつものように時間を潰せばいい。
 そう思っていたはずが、最初にふらりと入った喫茶店の窓際の席でもう何時間も過ごしている。店にとっては迷惑な客だろう。様子を窺うように向けられる視線にそれらしい愛想笑いのひとつも返さず、気付かないふりでやり過ごした。すこし歳のいったウエイトレスがほどよい笑顔で、カップをおさげしますか? と、何度目か退席の催促にやってくる。おかわりを頼むと口の端が引き攣っていた。
 くすみのない窓の外は、表通りだ。
 すこし道をそれてしまえば、こんな昼間にだって、暗くて、物騒な場所はいくらでもあるのに。ここから見える景色はあっけないほど普通すぎる。普通に、平和で、穏やかで、数秒先の未来は安定して連続していて、だから、今日が終わることに何の不安も感じずいられるような。そんなありさまだ。
 母親に手を引かれて歩くちいさな子どもがいる。家に帰る小学生も。ベビーカーに乗った赤ん坊も。飼い犬にリードを引っ張られながら楽しげに走る兄弟も。
 子どもばかり目についた。
 ――俺の責任は果たしたはずだ。
 俺よりもマシな相手に、居場所を教えて任せて来たのだから。あいつが迎えに行くのが早いか、地祇の追っ手が見つけ出すのが早いか、そこまでの面倒は見きれない。しょせん行きずりに拾った子ども。その気まぐれの責任なんて、この程度で充分だろう。
 あの子どもだって、俺になにを求めるわけでもなかった。
 あいかわらず部屋のすみに縮こまり、口を噤んだまま、じっと見つめてくるだけだった。左右で色の違う、あの目で。地祇の目で。出ていく俺を引きとめもしなかった。追ってもこなかった。
 だから、責任は果たしたはずだ。
 あの子どもを生かす理由も、死なせる理由も、俺にはない。あるはずもない。
「――っれ? ヒュー?」
 静かだった店内に、女の声が響いた。
「やっぱり、ヒューじゃん! うわー、老けないねえ!」
 知り合いでも見つけたのか、うるさい女だと思っていたら、遠慮なく相席に座ってくる。顔を向けてみれば意外にもおちついた格好の女だった。ひかえめな化粧に、ひかえめな髪形に、ひかえめな服。テーブルのそばに停めたベビーカーから赤ん坊を抱き上げている。
 さっき表を歩いていた。
 だれだ?
「その顔は忘れてるなあ? 薄情者め! あたし、ほら、ティアラって店、覚えてないかなー」
 赤ん坊をあやしながら、女は言う。どこにでもありそうな店名はなんの手がかりにもならなかったが、女の顔には、たしかに、見覚えがあるような気がしはじめた。
「あ――……マコトちゃん?」
「ミサキだっつの!」
 その名前の響きに、一瞬、頬が強張る。
 けれど女はまったく気づかないで、愉快げに笑い飛ばしてくれた。だから俺もすぐに表情をごまかせた。コーヒーのおかわりを持ってきたウエイトレスが、訝しげに俺たちをうかがい見ても、女はどこ吹く風とばかりに「あたしもコーヒー」と注文を済ませて追い払う。
「むかしもさー、あたしの名前だけは間違えてたよねえ。なんでだっけ、舌が回んなくて言いにくい? 早口言葉でもないのにンなわけあるかーっつって、みんなで笑ってたんだよねえ。なつかしい」
「そうだった? 覚えてねェわ」
「だろうねえ。――けど、この子を見忘れたとは言わせません」
 赤ん坊の顔を見せるように抱き上げて、女はわざとらしく真剣な表情だ。
「俺の子ども?」
「ざんねーん! あんたの子どもならもっと育ってるっつーの!」
 わかりきった流れの冗談にも、女は楽しそうに笑い、それに合わせて俺もおなじように笑った。何年か前に、どこかの街で遊んでいた相手だろう。それ以上のことは思い出せない。興味もない。
 俺がしゃべらなくても女は一方的に話をつづけ、ウエイトレスが持ってきたコーヒーにミルクをありったけ入れてひと口で半分飲み干した。
「――で、結婚してからここに越してきたんだけどね。今日は旦那と夕飯外食する約束で、いま時間つぶしてるの。まさかヒューに会えるとは思わなかったけど!」
「よく気づいたよな。そんなに変わってねェの、俺」
「全ッ然、気持ち悪いくらいむかしのままでショックだわー。あたしこんなに所帯はいっちゃってるのに。あっ! そうそう、あたしの旦那、誰だと思うー?」
「あー、だれだろ」
「それがなんとあのリューイチ! 覚えてる? あんたがボッコボコにした奴だよ」
「あー」
「ほらまた忘れてるしー、そんなとこまで変わってないとかダメじゃーん!」
 俺の気のない返事にも、愛想笑いにも、女は機嫌を悪くするどころかいちいち面白そうだ。変わってない、むかしのまま。いつの知り合いかわからないが、俺の上っ面に騙されていたわけじゃないらしい。不誠実な遊び相手だとわかっているなら、いまさら、顔を見かけたって知らないふりをすればいいものを。
「抱っこする?」
 出し抜けに女が言った。
「……、は?」
「抱っこ。してみる? やわらかいぞー」
 赤ん坊を抱いてみないか、と言っているらしい。俺に。意図がわからずに目を瞬かせる。
「どうして」
「わかんないけど、さっきから変な顔じゃん。悩み事とか似合わないっつーの。だから和ませてあげようかなって」
「いいよ、悩んでねェし。気のせい気のせい」
「抱っこしてみればいいのにさ」
「子ども好きじゃねーんだよ」
「うそうそ」
 女は手をひらつかせながら、吹き出すように笑った。
「あんたが子ども好きなの、みんな知ってるしー」
「は?」
 何を根拠に。思わず唸るような声が出た。表情もぼろが出たかもしれない。眉間が険しくなっているのを自覚する。わかっていても、うまく取り繕うことが出来なかった。
 何を根拠に。
 いまだって面倒な子どもを放り出してここにいるのに。
 女はにやにや笑っていた。勝ち誇ったように。からかうみたいに。
「きっと覚えてないんだろうけど、ずーっと前、あたしらと遊んでる時に、駅前だったかな。迷子が泣いてたの。膝すりむいて。みんな遠巻きに見てたのに、あんた近づいて行っちゃって。でも笑っちゃうくらい子どもあやすの下手でねえ! 余計泣かせて、周りにあたしらみたいなのもいたもんだからさ、だれが呼んだんだか遅れてきたケーサツに、むしろ疑われちゃってさあ!」
「は……なにそれ? 覚えてねェよ」
「あたしは覚えてる。あんた泣いてる子とか見かけると、ほっとけない奴だった。偽善だーって笑われたら、ヘラヘラしてたけど。あたしはそういうとこ好きだったから」
 覚えてるよ、女は言う。俺はそんなこと覚えちゃいない。
 そんなふうに考えたこともない。
 子どもなんて好きじゃなかった。むかしから。子どもの頃から。あいつらには言葉も理屈も通じない。こっちの気持ちを考えないで、自分の欲求と正義だけを押しつけてくる。どうすればいいのかわからない。面倒だ。だから子どもは好きじゃない。
 そのはずだ。
「苦手なだけでしょ? 子どものあつかい下手だもんね、でも大丈夫」
「何が、」
「この子さっきからあんたのことじっと見てる」
 言われてみれば女の腕のなかで、赤ん坊はじっとこちらを見つめていた。
 その瞳は真っ黒で、左右で色が違ったりなんかはしない。けれど、値踏みするような、確かめるような、そんな視線はそっくりだった。
「あんたが優しいんだってわかれば、泣いたりしないから。笑って。――ほら」
 女は赤ん坊の両脇をそれぞれ手でしたから支えながら、テーブル越しに掲げて俺のほうへ差し出した。まだ自分の体重も支えられないちいさな足がぶらりと垂れ下がって揺れる様子に、思わず腰が引ける。
 けれど、女はおかまいなしだ。
「何に悩んでるんだか知らないしさ、あんた相談する感じでもないし。しょうがないから、あたしのしあわせ、おすそ分けしてあげる。抱っこしてみなよ」
 やわらかいぞー、と。それはもう一度聞いた。俺がどうこうと理由をつけて、子どもの自慢をしたいだけじゃないのか。女の顔を見る限りあながちはずれでもないと思う。
 赤ん坊はじっと、こっちを見ている。
 たとえば俺が笑いかけたら、手を差し出したら、名前を呼んでやったら。
 あの子どもは笑ったのか?
 あんな場所に置き去りにされるまえに、手を伸ばして、いっしょについてきただろうか。そうしたら俺はどうする。守ってやるのか。どの面さげて。
 サキを守れなかったのに。
 俺の手を取って、笑いあって、俺といっしょに来てくれたサキを。守れなかったのに。死なせてしまったのに。俺の名前を呼んでくれるサキは、もういないのに。
 そんなことをして、何の意味がある。
 いまさら――。
「いいや」










つづきはまだ書いてないよ! イクヤさんこれどうするんだろうね!←

ちなみに、イクヤさんの子ども好きの前科(笑)はこのあたりをぜひご一読いただければ、と! そしてその流れでぜひ、先輩と後輩シリーズを! お読みいただければと! 思います! 先輩後輩いいよ先輩後輩( ´∀`)σ)д`)プニプニv


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Comments

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ミズマ。 : URL

2013.03.09 Sat 18:55

まさかの宣伝ありがとうございますwww
いやあ、愛されてるなぁ、先輩と後輩。嬉しい。

イクヤさん、このメンタルからどうしてアキちゃんと一緒に住もうって思うのかなぁ←
イクヤさんって空っぽで、それを取り繕うようにへらへらと笑ってて、そんで刹那的で自暴自棄で、なんだったら地祇の連中切り刻んだ後で裁かれて死んでもよかったのに「余計なことしやがって」と思っていた時期もあって、そんな子供の愚痴みたいなことはもう言わないけどでも「死にたい」って思っているレベルとしては漆黒のフェアリーよりも強くって、そういうところがイクヤさんの周囲にいた人たちには「ほっとけない」感とかを思い起こさせたりするのかしら。でもなにをやってもイクヤさんをそこから引きずり出すことが出来なくって、絶望して彼から去っていく人も多かったと思われます。怒鳴っても泣いても叩いても、彼をその絶望の淵から一歩も動かせない。それどころかへらへらとした仮面も容易にははがせなかったと思うしなぁ。そうやって深くかかわってこようと思うヤツをイクヤさんは当然煩わしいと思うだろうし、すぐにどこかに逃げていくとか、いっそ「殺してやろうか」なんてことも思ったはずで。
……この時期にクルルギさんと遭遇してたらどうなっただろーなぁ!щ(゜▽゜щ)←

前回フェアリーと連絡をとったのはアキちゃんを渡すためだったのですねー。
んん、そうするとゴウダくんの実家にいるリサさんとアキちゃんの繋がりが明らかに? ゴウダ父にアキちゃんの存在が知られると、強制送還ルートしか思い浮かばないのですけど。それ相応の対価を地祇から得た上での引き渡し。
でもそんな動きがおやっさんの耳に入らないわけもないでしょうし、そうなるとあのメンタルのイクヤが数日とはいえ面倒を見ていた少女ということで興味を引いて、ゴウダ父が望むルートにはならない予感がする。
……と、いうか、現在(本編開始前)ではまだカヤ兄母上はご存命だよね。で、あればアキちゃんは依然として命を狙われているはずで、そうなっている感じがしない(事務所を襲ってるヤカラは生太刀狙いな感じがするのだけど、どうなのかしら)んで、天羅と地祇の間でなんらかの取引があったのかなー?
そうだとするならば、イクヤさんが生身で無事に生きるためのときだって何らかの対価を差し出しているわけだから、おやっさんは生太刀関連でカードきりまくりだよなぁ、と思ったり。
その割にイクヤさんを立ち直らせるためになんらかの手段を講じている雰囲気はないから、やっぱりイクヤさんってちゃんと愛されてるんじゃん、などと思ったり。

でも総じて分かりにくい! イクヤさんのまわりのみんな! もっと分かりやすくイクヤさんのこと愛してあげて!
そして助走つけてとび蹴りしてあげて!!←

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2013.03.10 Sun 14:15

お姉さま
お姉さまがすっごく考察してくださってる嬉しいよ嬉しいようわぁああああああああああああああああん。゚(゚´Д`゚)゚。感涙

最ダメ期のイクヤさんの状況については、お姉さまのおっしゃるとおりで、その場から少しでも動くと一生懸命抱えてるサキさんの思い出をおっことしそうな気がして、こわくて、じっとしゃがみ込んでみるみたいな。そんな感じです。自己防衛に対して過敏だし、過剰なので、無意識につねにこわいこわいと思っておびえてる感じ。だから自分をほっといてくれない人たちもこわくて、少しでも間合いを詰められると逃げる、追い払う、みたいな。あとこれは幼少期からだと思うんですけど、イクヤさんはつねに「自分はどうせ生太刀だから」で拗ねてるので、そのへんも加味されていたりとか。
逃げたり追い払ったりするのは、それでもほっとかないで、追いかけてきてほしい、一緒にいてほしい、っていう欲求の裏返しでもあったりもするんですが。寂しがりで愛されたがり、なんだと思うんですけど、それを自覚するとより傷つくから、うんと小さな頃にその欲求を抑え込んで、自分でも忘れちゃってる、みたいな感じもなきにしもあらず。

>この時期にクルルギさんと遭遇してたらどうなっただろーなぁ!щ(゜▽゜щ)←
自己防衛反応の過剰反応でイクヤさんショック死するんじゃないかなって、思いますwwwww

>ゴウダ父にアキちゃんの存在が知られると、強制送還ルートしか思い浮かばない。
強制送還ですね、まちがいなくなにがしかの利権とトレードです(。´Д⊂)ウゥ… ちなみに、その場合にはおやっさんの耳に入ったとしてもアキちゃんは地祇に送還されちゃうのですー……イクヤさんからゴウダに渡って、その後イクヤさんが接触してこない時点で、アキちゃんに付随する利点は「地祇との交渉権」しかなくなるので、おやっさんは天羅血族に一番有効なタイミングでアキちゃんをカードに、地祇とテーブルにつきます。
現時点でおやっさんがアキちゃんにもいちおうの庇護を与えているのは、イクヤさんがアキちゃんを保護していて、アキちゃんが「生太刀に対する首輪」になるからで、イクヤさんはアキちゃんを人質にとられてるも同じなんですけど……おやっさんは、おっとうさまに総領として育てられて、天羅血族を守ることが第一義になってるので、個人的にはイクヤさんもアキちゃんもゴウダも本心からかわいい子どもだと思ってても、総領としての打算がつねに先行する、みたいな。なので事と次第によっては、おやっさん、ユリちゃんのこともカイさんに対するカードに切りかねない、ところはあります。
おやっさんが、むかし子どもだったイクヤさんとゴウダを生かして保護したのも、多少不利な条件でカードを切らざるを得なくなったとしてもそれ以上の利益が血族に還ってくると判断したからで、イクヤさんはそのあたりの空気も小さい頃に感じ取っちゃってたから、子どもの頃はゴウダほどおやっさんになつかなかった、みたいな。
でも歳をとってきたら、私的な感情で好き勝手ができない総領の窮屈さ、みたいなのもわかるようになって、現時点の関係におちついた――みたいな。そのあたりもちゃんと書きたいです、いつか……いつか……!(/□≦、)

>イクヤさんへの愛は総じてわかりにくい
わかりにくいです! わかりやすかったのはリリコさんとサキさんくらいなんですけど、リリコさんの愛情は小さな子どもが傷つかないように守る愛で、サキさんの愛は否定せずかといって肯定もせずともに堕ちていく愛だったので、そろそろ本気でイクヤさんにとび蹴りかましてでも前進を促す愛をくれる相手が現れないとこれうちの正ヒーロー大変なことになりますよね! マジで!ε(*´・ω・)зアワアワ

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