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2013.07.18 Thu Novluno Child 『お砂糖とスパイス、それから恋のひとかけ』 その13

カイユリ番外、カイさんとユリちゃんのターン。









 手を引かれ、意識が地に足を付けた。
 カイは思わずあたりに視線を走らせる。玄関のなかだった。かたわらには制服姿のユリがいる。三和土(たたき)に立ち尽くし、ユリの手をきつく握ったままだということに気付いて、とっさにその手をはなした。ユリが不思議げに首をかしげる。
 どうしたのだろう、と窺うような視線から、カイは目を逸らした。
「悪ぃ……手、痛くねェか」
「大丈夫。ちょっと痺れてるけど」
 ユリは笑うが、手には指の痕がくっきり浮かび上がっている。加減を忘れていた。青あざになるだろう。バツの悪さで、逸らした視線を向けることもできない。
「……悪い」
 カイはつっかけた外履きをぞんざいに脱ぎ、部屋に上がった。
「あっ、待って」
 振り向きもせず奥に向かうカイの背に、ユリも慌てて靴を脱ぐ。スリッパに足を通そうとして蹴つまずきながら、手を伸ばし、カイの服の裾をつかまえた。
「カイ、あのね、私――」
 立ち止まったカイの鼻先に、ふわりと、甘い匂いが触れる。同族に好まれるよう、丹精を込めて整えてきたアムリタの匂い。
 その芳香にまとわりつく同族の血の残り香に、カイは眉間をしわ寄せた。脳裏にちらつく光景に神経が逆立つ。ついさっき、ユリの手の痛々しさに悔やんだばかりだ。それなのに。
「飯のしたくしてッから、てめェはシャワー浴びてこい」
 サッパリすンだろ、今日は暑かったからな――我ながら間の抜けた言い訳でユリの出鼻をくじく。服を掴む手から力が抜けたのは、呆れたからか。カイはユリの顔を見ることなくふたたび歩き出した。
 キッチンに入るまで、舌打ちを堪えるので精一杯だった。
「何やッてンだよ、俺ァ――」
 まるきりガキの醜態だ、百年以上生きてこのザマか。
 情けないにも程がある。
 はやく身の振りを決めなければならない。はっきりさせておく必要があった。でなければこれからも延々と、おなじやり方で追い込まれるのは目に見えている。あの家であったことを、姉の死にざまを憶えている限り、大始祖直系、始祖天祇の流れを汲む総領血統として、血を継ぐ子どもを遺す気はないのだと。
 明確にしてしまえば、それで終わる。
 自分さえ中途半端に群れようとしなければ、ユリが、同族のぐちゃぐちゃした部分に振り回されることもない。親を亡くした子どもがアムリタをやると言い出して、その味付けと護衛を任された。保護者の役はもののついで。ユリがアムリタとして完成するか、ひとり立ちできる大人になれば、切れる縁だと思って引き受けた。
 いつまでもこの手のなかにいる子どもではない、ユリを、同族(こちら)の事情に巻き込んでやるのは酷だ。
(よくよく、お考えあそばせ)
 サハルには従えない、フランチェスカの譲歩も受け入れられない、どうあろうとこの血を遺すつもりはない。そう言いきってしまうのが最良だと、わかっている。
 自分のためにも、ユリのためにも。
「――カイ」
 振り向けばユリが立っていた。
 生真面目にシャワーを浴びて、部屋着に着替え、濡れ髪のうえにかぶったタオルの端がうつむきがちの目元を隠している。表情はよくわからなかった。危ないから気安く近づくな、と言い聞かせているキッチンのなかにまで、こうして立ち入ってくることは珍しい。
 顔を上げないユリが口元に貼りつけている曖昧な笑みに、カイのどこかが疼くように痛んだ。胸の、奥のほうだと思う。心臓に近いどこか。
 だから目を逸らし、遠ざけたくなる。
 けれどもう三度目だ。昨日の夜と、さっきと、これで三度目になる。
 カイは静かに、さとられないように、深く呼吸する。
「なんだよ」
 促せば、ユリの唇がかすかに笑みを深くした。
 たったこれだけのことで嬉しそうにする子どもを二度も突き放した自分に苛立ちを覚えながら、カイは黙々と行っていた食事のしたくを中断し、流しで手をすすぐ。向き直るまでおとなしく待っているユリに、もう一度声をかけた。
「どうした」
「あのね、カイ」
 話したいことがあるの、とユリは言う。
 口元の笑みを懸命に保ちながら、それだけで精一杯で、うつむいたままになっているその顔を、カイはあえてのぞき込まなかった。
「昨日……カイがどこかに行っちゃうなら、私はどうするのか、訊いたよね」
「そうだったな」
「カイは、どう、するの?」
 甘い香りを漂わせる、細い手が、胸の前で頼りなくさまよっている。右手にはもう青くあざが浮かびつつあった。
 カイは苦々しく目を細める。言いだすには呼吸ひとつ分の時間がいった。
「てめェの面倒は、ちゃんとした奴に頼んでやッから。心配すンな」
 ユリの口元から笑みが剥がれる。一瞬だった。
「そ、そっか……そう、だよねえ」
 すぐに取り繕って笑いながら、言葉尻は震えていた。自分の手を自分で握りしめ、それを無理やりにほどき、けれどどうしようもなく服の裾を握りしめる。その辛抱強さが痛々しい。意気地がくじけそうになるのを、カイは堪える。
 沈黙は長くつづかなかった。
「カイがそう決めたなら、ちゃんと考えて、決めてくれたと思うんだ……けど」
 うつむいて、胸元まで皺寄るほどきつく裾を握り、下手な笑いで震える呼吸を誤魔化しながら。
 ユリが言う。
「私……カイといっしょにいたいって、答えちゃ、だめかなあ……?」









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ミズマ。 : URL

2013.07.18 Thu 19:18

良く言ったユリちゃん!!!!\(^o^)/

コメ欄蹂躙する気満々だし、ニヤニヤが止まらないんだけど、久々の電車内エンカウントなわけだよ!!!



……お家帰ったら改めて蹂躙しても、良いかなぁ?←

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2013.07.18 Thu 22:20

お姉さま
蹂躙してくれて、いいの……よ?///←
ユリちゃんはマジヒロインですね! マジヒロイン!!\(^o^)/

ミズマ。 : URL

2013.07.18 Thu 22:55

と、いうわけでただいまーヽ( ´ ∇ ` )ノ

コホン。


だめじゃないに決まってるでしょうがああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!(*゚ノO゚)<オオオオォォォォォォォーーーーーイ!
だめじゃないよ、だめなんかじゃないよユリちゃん! それこそが唯一の道だよ、オンリーワンだよりユリちゃん!! ザッツライトだよユリちゃん!!
ってかオイ、カイ! てめェ、風呂上りでもじもじしながら懸命に勇気振り絞った女の子がいんだから、そりゃこの後ァヤルこたァ一択だろうが!! お添え!(誤変換です)

あーーーーもーーーなんなのーーーーーーーーー。ちょーーーーーーかわいいンですけどーーーーーーーーなんなのーーーーーーーもーーーーーーーーー。ゴロゴロのたうちすぎてあらまあフローリングが綺麗になりましたわよ、背中ほこりまみれですけど!!
ユリちゃんちょーーーーーかーわーーーーーーーーーーーいーーーーーーーーーーーーーー……かわいすぎて辛いほどかわいい。愛いヤツだよねーー。

それに引き替え、だ。
おい、ちょっとそこのワンコ、正座な。
次回の朔ちゃんの更新まで、正座な、正座。座布団の上じゃなくて、その三和土の上で正座な。


なんかもーさー、これさー私本編書かなくてもいいんじゃないかなぁ、って思うんだけどねー。書くけどー。
もっと、こう、ぐらぐらするような、やきもきするような、そんな心理描写をちゃんとできるようになりたいなぁって思いました。頑張ります。

卯月 朔 : URL いらっしゃいませ!

Edit  2013.07.20 Sat 13:32

お姉さま
連続する母音と長音符wwwww 絶叫ありがとうございますぅああああああああああああああああああああユリちゃんマジ天使やああああああああああああああああああああああっ!!(*゚ノO゚)<オオオオォォォォォォォーーーーーッ!

>お添え!(誤変換です)
「おそなえ!」と読み間違えて「カイさん、貢ぐの? 後光が射さんばかりのヒロインに何か献上するの? フルコース?」と思ってしまったのは卯月です。カイさんんんんんっ、あなたのカワイ子ちゃんは! いい感じに! 湯上りなんです! 男ならホント、察して!!←

アキちゃんは言いたいことがあってもなかなかハッキリ言えなくて、言えなくてもイクヤさんとゴウダが察して先回りしちゃうから、なんとなく解決しちゃって、結局口に出して言わないまま終わるって感じなのですが、ユリちゃんは言うと決めたらハッキリ言うよね! と、いうイメージがあって! 濁したりなし崩しに曖昧にして、それを良しとはしないだろうと、思って! いるのですが、考えれば考えるほどユリちゃんのヒロイン力高くて何かホントもうユリちゃん可愛いですユリちゃん///(ゴロゴロ

卯月のヒロインはおおむね、後衛で前衛を支えるけど、前進するときには守ってくれる前衛についていく感じになるので、単独でこれだけ前に出る力のあるヒロインは慣れてなくて扱いに戸惑う分、楽しいし面白いしなによりものすごく愛おしいです! ありがとうございます!ヾ(´∀`*)ノ

しかし……卯月がヒーロー書くと、みんな、いっぺんはお姉さまに正座させられるなあ……(笑)

とりあえず、三和土に正座してるカイさんの脛が痛くなるまえに続き更新しております! カイさんが正座したら、ユリちゃんがそばで「大丈夫? 大丈夫?」って心配してそう可愛い(〃▽〃)

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